草木も眠る丑三つ時。

針のように細い三日月が雲に遮られ、光が極端に地上に届かない夜。

「邪魔をする」

「へ?…って!!半蔵…!?」

何の前触れも無く、急に寝所に現れた半蔵を見るなり、幸村は満面の笑みを浮かべた。

「どうしてここに…?いや、そんなことはどうでもよい。さ、座ってくれ」

こんな夜中に不法侵入してきた男に対し、通常の客人をもてなすかのような幸村は、流石としか言いようがないだろう。

呆れてものも言えない半蔵を、いつの間に用意したのか分からない敷物に、半ば強引に座らせる。

「まさか恋しさのあまり、こんな時間に私に会いに来てくれるとは…前もって知らせてくれれば茶菓子くらい…」

いつの間にか、半蔵が「幸村に会いたくてたまらないので来た」ことが前提で話が進んでしまっている。

…まぁあながち外れてはいないのだが。

だからあえて半蔵もそこにツッコミを入れない。

「もののふ…」

「もう寝ようとしてたからこんな格好で……ん?なんだ?」

声を掛けられてすぐ、期待に満ちた眼差しで半蔵を見つめ返す。

「…あまり良い時期ではないが、これ以上待っていても事態は好転するとは思えぬ」

それが、武田家と徳川家の関係を示すと瞬時に気付いた幸村は、先程までのニヤケ顔が嘘みたいに引き締まった表情で半蔵を見た。

「故に、今が好機」

「何が…」

「我が想い…伝えようぞ」

「え…?」

呆気に取られた幸村を無視して、半蔵は口を開いて淡々と話す。

「我が想い…家康様を裏切るもの。それ故、もののふとは、添い遂げられぬ」

それは…忠義をまっとうする為には、邪魔になるもの。

忠義の邪魔になるということは、半蔵は幸村のことを…

「まままま待ってくれ!!」

小声で器用に叫ぶ幸村を、ちらりと見遣って

「……何用だ?」

今まさに去ろうとしていた半蔵は、大人しく待ってみることにしたようだ。

「そ、その…かような所まで、それを伝えに来てくれたということは…」

六尺一寸ほどばかりある堂々たる体躯の男が、もじもじしている様は、見ていて心地よいものではないだろう。

「もののふ…」

「な、何だ?」

だが、そこに恋愛感情が複雑に入り乱れると、話は別、らしい。

「おぬし…可愛いな」

「は?」

弁丸と呼ばれていた頃ならいざ知らず、この年になって可愛いなどと…

「それは…その…き、期待しても…いい、という…こと、か?」

あくまでポジティブに受け止める幸村に、いつもならここで半蔵の冷たい視線が突き刺さるはずだ。

だが、無言で覆面をずらして顔を露出させた半蔵は、音もなく幸村に近付くと、流れるようにその唇を掠めた。

「────ッッ!?」

驚きに見開かれる目を、どこか楽しげに見た半蔵は、すぐに背を向け…ようとした。

「…何をする」

忍びである自分が、先程まで呆然としていた若者に、容易く捕らえられたことに不満を隠そうともしない。

「え?あ、ああ!!す、すまない…だが…」

徐々に小さくなっていく声は、最後に半蔵を動けなくさせた。

「ずっと…こうしたかったから…」

半蔵のほうでも、憎からず思っている相手である。

(今宵一晩くらいなら…)

「絆されたな」と思いつつ、溜息を一つ吐いて、覆面を頭から取り去る。

きつく抱き締める腕はどう足掻いても解けないので、無理矢理に正面から向き合えるように身を反転させる。

逃げるのかと勘違いした幸村が更に力を込めるので、それは簡単な事ではなかったが、どうにか向き合えた。

真っ赤な顔で半蔵を見つめる幸村は、恐ろしいほど真剣な表情をしている。

というより、目が血走っていると言っても過言ではない。

「は、半蔵…ものは相談なのだが…」

逃げないと判断したのか、やや力の緩んだ幸村の震える腕は、何かを押し止めようとしているのがありありと分かる。

大人びているように見られる幸村だが、まだ若干18歳、本当ならここで一気に押し倒したいところなのだろう。

「せせせせ接吻も、済ませたことだし…その…先を…それより先、のことも…したい…のだが…」

半蔵からの一方的な口付け…あれを接吻と呼ぶか…いや、それより…

いつもどこか強引なことをする幸村にしては珍しく、気弱な様子に半蔵の中でも揺さぶられるものがあったのだろう。

はっきりと答えなかったが、次に進むことを前提に訊ねてみることにした。

「…上と下…どちらを望む?」

「上」

(やはり強引だったか)

即答して徐々に体重をかける幸村に対し何も言わなかったが、半蔵はゆっくりと体の力を抜いていった。










30近い男には無茶としか言いようのない情事の後でも、若い男はもの足りなさそうに目の前の体を弄っていた。

これ以上は無理…死んでしまう…と、咄嗟に判断した半蔵は、凶悪なまでの眼差しで幸村を睨み付けた。

調子に乗りすぎたことに気付いたようで、幸村は大人しくその手を半蔵の背に回すと、誤魔化すように問い掛ける。

「そうだ…半蔵…明日は暇か…?」

「……特に急ぐ用事はない」

本当は、一度戻るべきだとは思ったが、半蔵の口をついて出たのはそんな言葉だった。

「そうか!で、では…明日……団子を食べに行かないか?」

こんな時に食べ物の話とは…

しかし、そこが幸村らしいと思った半蔵は、緩みそうになる表情を隠すようにその胸へ顔を押し付けた。

「うむ」

あっさりと了承が得られた嬉しさに、幸村は力加減も考えずに半蔵を抱き締める。

抱き潰されるのではないかと半蔵は内心苦笑しながら、その温もりも、痛みも、忘れないよう、目を閉じた。










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