翌日、回復が遅い半蔵が歩けるようになってから二人は出かけた。

回復が遅いのは、半蔵の年齢のせいだけではなく、幸村の年齢のせいもあるのだろう。





準備を整えると、堂々と門から城外へと出て行った。

上機嫌の幸村と従者のように連れ立って歩く半蔵を見ても、門番は全く咎めずむしろ

「行ってらっしゃいませ」

「お気をつけて」

などと、二人に向かって笑顔すら浮かべて声を掛けていた。

流石に城主の息子と、いつの間にか忍び込んだ敵方の武将が一緒に出かけるなど、門番が思い付く筈もない。

その声にいちいち笑みを向けて労いの言葉をかけているいる幸村の様子から、いつもこんな具合なのだろうと半蔵は判断した。

随分と親しげな城主の息子だが、幸村の性格を鑑みると、その方が自然かもしれない。

じっと見つめられていることに気付いた幸村は、その視線をどう勘違いしたのか

「少し…歩くかもしれないが…」

申し訳なさそうな表情をして、隣を歩く半蔵を気遣いながらゆっくり歩く。

「…構わぬ」

そう答えた時の幸村の表情は、とても嬉しそうで。

それをとても好ましく思っている自分に、半蔵はとうの昔に気付いていた。







往来が激しい宿場町の中の、何の変哲もない一軒の茶屋。

もしかしたら、幾度か半蔵も見かけたことがあるかもしれないくらい、よくある店構えだった。

「あそこだ」

一応は人目を気にしているようだが、もし人がいなかったら半蔵の手を引っ張って行きそうな勢いだ。

最初はゆっくりと歩いていた幸村も、店を視界に捉えてからというもの、うきうきと歩調を速め先導する。

身長が違う分、足の長さも違っているので、ついて行くのに難儀した半蔵だが、それを咎める気など全くなかった。

直ぐに半蔵を座らせた幸村は、行き着けなのか慣れた様子で奥の方に声を掛け、半蔵の隣に腰を下ろす。

「大丈夫か?」

昨晩無理をさせた自覚があるのか、道程の途中からずっと必要以上に半蔵の体を心配していた。

それが少しだけ、くすぐったいような複雑な感情を半蔵の中に生み出していく。

「心配無用」

「そ、そうか…帰りは、負ぶって帰ろう」

その気遣いに甘えてしまいそうになる自分を、半蔵は必死で叱咤した。

このままでは、本来いるべき場所に、戻れなくなる。

「…いい。このまま、戻る」

戻ると半蔵が口にした以上、それはもちろん上田城ではなく、家康の元だと気付いた幸村の表情に陰りが差した。

「ああ。そうか……そうだったな…」

名残惜しそうな幸村にかける言葉が、半蔵に見つけられるはずも無かったが、何かを伝えたくて口を開く。

だが、開いた口は直ぐに閉じられた。

「お待ち遠様です」

「ああ、ありがとう」

持って来られた団子の皿を、半蔵に手渡すその笑顔に、何を言ってもこの笑顔を翳らすだけだと判断した。





見た目に何の変哲もない団子を、半蔵が口にするのを身を乗り出すようにして見ていた幸村は、まだ租借している半蔵に問い掛ける。

「どうだ?」

口の中のものが無くなってから、まじまじと団子を見つめて

「ほう…なかなか…」

特に甘い物を好むわけでもないが、それでもこの団子の味は半蔵の気に入る物だった。

黙々と口に運んでいく様子を見て、満足そうに笑った幸村もようやく食べ始める。

甘すぎず、ぼんやりした味でもなく、どこか素朴な雰囲気は、何かに似ている気がした。

(…まるで…もののふみたいだ…)

「半蔵?」

埒もないことを考えていた半蔵の前に、折角整っている顔をややアホ面にした幸村のアップが飛び込んだ。

「……ッッ!!」

「だ、大丈夫か!?」

喉を詰まらせた半蔵に、自分のせいだとは露とも思っていない幸村は、慌てたようにお茶を差し出す。

(別に見惚れたわけではない!!)

自分に言い訳をしつつ、どこか躊躇いがちに背をさする幸村の手に、文句も言わず自由にさせていた。










茶屋を後にして、誰も来ないであろう山中で、落ちて行く夕日を眺めていた。

徐々に染まり行く景色に、いつものように逢瀬が終わろうとしていることを、改めて感じさせられる。

いつの間にか、重なっていた手は、お互いに指を絡め合っていた。

いつからか、寄り添っていた二人の肩は、隙間無く温もりを分け合っていた。

「なぁ…半蔵…」

いつものように幸村から言葉を発せば、これで逢瀬は終わると分かっていたが、敢えて幸村は口を開いた。

いつまでも、このままではいられないと、知っていたから。

「…何だ?」

半蔵も思いは同じだったらしく、幸村の声に素直に顔を上げた。



「逃げようか?」



橙色に染まった優しげな笑顔に、半蔵が泣きそうな表情を浮かべた。

「すまぬ。もう…言わない…」

すぐに苦笑で誤魔化した幸村は、更に誤魔化す為か、ゆっくりと半蔵に顔を近付けていく。

それを、今までにないくらい人間らしい感情を浮かべたまま、目を閉じた半蔵は受け入れる。

温もりを分け合うだけの、色に例えるなら夕日のような口付けは、二人の想いを表しているようだった。

暫し触れ合った後に目が合うと、照れくさかったのか、頬を赤くした幸村は笑って

「その…また、一緒に…来てくれるか…?」

同じように首まで赤く染まった半蔵も、目の前の肩に額を押しつけ、そっと口を開いた。

「そうだな…」

あと少し、ほんの少し、時が経てば…



「また…」



もう二度と、あえないと。



「いずれ」





二人とも、気付いてはいたけれど。










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