速いスピードで駆け抜けてきたから、振り返るの?
再び訪れることになった扉の前には、やはりあの“誰か”がいた。
その“誰か”はエドの姿を確認するやいなや、以前よりも呆れが多く含まれた声で
「…バカだな…また来たのか?」
「おう…今度こそ元に戻ってやる」
強気にエドは言ったが、辺りを見回しても弟の姿がないことに軽い不安を感じていた。
そして“誰か”はそんなことはお見通しらしく、溜息のようなものをついて掠れた声で囁いた。
「…残念だな…」
「何だと…?」
その言葉に含まれた感情は『憐れみ』と形容するに相応しく、エドの神経を逆撫でした。
「お前らが使ったあれは…賢者の石じゃない」
「──ッッ!?そんな…!!」
正直な話、エドはその可能性も考えていた。
だが…『見た』のだ。
あの赤い石で…代価もなく練成する姿を。
そして、自分達でも、試したのだ。
あの赤い石で、代価もなく練成できるかを。
「だが…まぁあのくらいの紛い物でも…弟の体を戻すには十分だな…」
今更赤い石の真贋を考えるよりも、ついでのように呟かれた言葉の方が、エドにとっては重要だった。
「それなら…アルを…アルをもとに戻してくれ!!」
それが唯一、エドの望みだった。
「話は最後まで聞けよ…弟の体だけだ。お前の体までもとに戻すには…足りない」
「俺は…このままでもいいんだ」
機械鎧の右手を握り締める。
もともとは右利きだったが、今はもう左手で文字も書ける。
メンテナンスと称して、故郷に戻る事だって出来る。
武器にだってなる。
機械鎧も悪いばかりではないのだ。
「ところが…話はそうすんなりいかない」
「どういう…?」
「お前は…あっちの世界にすら戻れない」
あっちの世界…つまり自分が今いる場所は、また違う世界なのだろうか。
「…戻れない…?」
不意にエドは、空間から隔絶された気分になる。
「分かりやすく言えば、あっちの世界に存在しないことになる」
「何で!?」
だとしたら、この何もない空間にいる自分は一体…誰なのだろう。
「不十分な賢者の石を使ったんだ…それ相応のことが起こることはわかるだろう?」
「そんな…なんで…」
戻れないということは、あの人との約束が果たせないということ。
「等価交換…ってところだ」
その言葉を出されると、錬金術師は弱い。
「…そうか…」
エドはしばらく俯いていたが、急に勢いよく顔を上げると呟いた。
「アルを…元に戻したい」
「いいだろう」
扉の前に佇んでいる人物も、予測していたことだったのだろう。
少しも迷う素振りも見せずに、真摯な表情に向かって頷いた。
『賢者の石なんてものがあると、困る者が必ずいると思うがね?』
いつだったか覚えていないが、いつの間にか一番身近になった大人の言葉が、エドの耳に蘇った。
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