人間が人間であるということは、どうやって証明すればいい?
飛び交う弾丸。
倒れゆく人。
赤く染まる大地。
誰もが正気を保っているとは言いがたい状況。
攻撃能力が高い錬金術師や、その攻撃範囲が広い錬金術師は、主に前線に配置された。
とにかく戦力になると判断されれば、否応無く危険な場所へ赴かされる。
ただし、軍人の中でも地位の高い者は、これに含まれない。
高みの見物とでもいおうか。
出来る限り安全な場所で、指示を出すという大義名分をかざしている。
自らの炎に嬲られる大地を、ロイはただ見つめていた。
その瞳には感情と言うものが欠落しているかのようだった。
「うわ…」
側に立っているのに、全く反応しない男にエドが思わず声を出した。
そこでようやくロイはエドをその視界に入れた。
『小さすぎて見えなかった』と笑っていた男と同一人物とは思えず、エドはその顔を確認するかのようにまじまじと見る。
やはりいつかの彼よりは若いが、その顔は明らかにロイだった。
一方ロイの方も、これだけ近付かれても気付かなかったことに驚いていた。
正確には、気付かせずに近付いた少年に対する微かな警戒心。
そして、気付けないほど疲弊していたらしい、自らの神経の限界に対する微かな失望。
「…大丈夫?」
軽く首をかしげて訊ねるその姿は、まるで無垢な子供だった。
ロイは声をかけられた瞬間、あっさりと警戒を解いた。
これがもし子供ではなく屈強な男だったとしても、ロイは警戒を解いてしまっただろう。
正常な判断は、どちらにしろできなかった。
「…天使…か?」
「馬鹿言うな」
本当に嫌そうに答える子供は、天使と呼ぶには些かがさつそうだ。
「…口が悪いな…」
「あんたこそ…どうしたんだ?そんなに痩せこけて?」
エドの記憶の中にある彼は、いつでも不適に笑っていた。
そのあまりの違いように、不気味さを感じたエドは、笑いとばすことなど出来なかった。
「…今がどんな状況か分かっているのか?」
自分が本気で案じられている気配に、ロイが場違いだと思ったのか、子供に訊ねる。
「分かってる」
溜息をついてエドは、はっきりと言った。
「内乱が起こったんだろ?」
「…そうだ」
「イシュバール殲滅戦だろ?」
表向きは内乱の鎮圧のはずなのに、なぜこのような子供がこの戦いを殲滅だと判断したのか。
「…殲滅…か…」
「そう…殲滅…」
あまりまともに働かない頭で、ロイが考えた結果
「兵士なのか?」
「あ?俺?…兵士がこんな格好してると思うか?」
自らの赤いコートの裾をつまみ、苦笑いでエドが問い返す。
「…そうだな」
大して真剣に言っていなかったのか、ロイは興味なさそうに頷いた。
「では…国家錬金術師なのか?」
「…いや…まぁ…“未来の”国家錬金術師かな…」
実際にはそうなのだが、どう説明すればいいのかエドにも分からない。
その言葉をロイは“国家錬金術師候補”とみなしたようだ。
「そうか…こんな子供が…」
そう言った男の表情には、憐れみも憤りも何も無かった。
事実を事実として受け入れた黒い瞳が、ただエドを見つめているだけだった。
たったそれだけのことなのに、エドの気持ちがささくれ立った。
だが、今ここで揉め事を起こしたくなかったエドは、声に怒りを滲ませつつ訊ねる。
「で?あんたはここで何してるんだ?」
見たところ、この付近は既に炎に蹂躙し尽くされている。
これ以上、ここにロイがいることの意味は感じられない。
それにこの付近には、暫く人も寄り付かないであろう。
あまりの、臭いに。
「…俺?俺か…?」
いつもより鈍い反応に、エドが眉を顰めた。
「そうだな…俺は…」
その時見た表情を、多分エドはずっと忘れないだろう。
「俺は、人を殺しているんだ」
唇の端は上がっていて、笑っているように見えるのに、その目は恐怖に慄いていた。
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