でもそれは…必然だったのかもしれない。
食事時が過ぎたと同時に、ホークアイは執務室を訪ねた。
彼女自身もそうだが、この部屋にいるロイもまた、昼食を取る余裕などないようだ。
部屋に通されるなりホークアイは、脇に抱えていた大き目の封筒を差し出した。
「先日の件ですが…」
「ああ…いい錬金術師はいたかね?」
「中佐の仰るとおりの人物を何人か…選考いたしました。」
「ご苦労」
渡された封筒の中には、紙が一枚しか入っていなかった。
そこに記された数名の名は、じっくりと見たとしても、ものの5分もかからないだろう。
「…これだけ…か…」
「すみません…あまりにも範囲が狭すぎて…」
実際にロイの言った通りの条件を満たしているのなら、これでも多いほうかもしれない。
「いや…構わん」
じっと食い入るように見ていたロイの表情が一変したのを、ホークアイは見逃さなかった。
きっと彼女はこのような反応を予測していたのだろう。
その証拠に、紙を手にしたまま一点を凝視しているロイに、彼女は呟いた。
「アルフォンス・エルリック」
その名を聞いて、弾かれたようにホークアイを見つめたロイは、すぐに視線を逸らし
「アルフォンス・エルリック…?…エルリックだと…?」
頭を手で押さえ、小声で何かを呟く。
「いや…だが、珍しい名前でもない…」
その名を聞いただけで、あの少年を思い出してしまう自分を、ロイは必死に宥めようとする。
しかし、それは無理だったようだ。
次に顔を上げたロイの表情に、迷いは、なかった。
「会いに行くぞ」
すぐにフュリーにその人物に連絡を取るように指示し、ホークアイを振り返る。
「場所は」
「リゼンブール村です」
先程よりやや和らいだ面持ちのホークアイは、既に詳しく調べていた情報の一部を答える。
上司のこのような行動を、やはり彼女は予測していたのだ。
「…リゼンブール?」
「東部の小さな村です」
「よし行くぞ」
逸る気持ちを抑えられないまま、ロイはコートを羽織った。
しかし…その勢いが、そがれることはなかったけれど…
(憲兵の方にも連絡を取るべきだったか)
荷車の荷台で揺られながら、ロイはそう思っていた。
「すンませんねぇ。こんな田舎なもんで、車もありゃしませんで」
「いや。これはこれで、趣があっていい」
まぁ、自力で歩くことを考えたら、ありがたいことこの上ない。
話さなくてもいいとは思ったが訊ねられたので、今回この村に来た目的を憲兵に話す。
田舎に馴染みのないロイでも、どこか懐かしさを感じていた。
そのせいだろうか…
「軍のお偉いさんが迎えに来るなんて、エルリックのちびもおったまげるでしょうよ」
「………………………………………ちび?」
反応までに、やや時間を要した。
「へぇ」
肯定を示す憲兵の声に、嫌な予感を覚えながら、懐から機械的に書類を取り出す。
「リゼンブール村。アルフォンス・エルリック。30歳……」
「いえ。そいつ10歳」
のんびりしているのかと思いきや、意外と鋭い突っ込みをしてくる憲兵の言葉を受けて、目の前の女性に助けを求めた。
「……………どういう事だね。ホークアイ少尉」
「結論から申し上げるならば書類不備です」
眉一つ動かさずに、はっきりとした返答を返す彼女に、ロイは自分一人が慌てているような気がした。
…またか。
最近、書類不備が多くないか?
最近…?そうだったか?
ここのところ書類不備は…あったか?
以前、書類不備があったのは……
考え込んでいると、いつの間にか目的地に着いたようだ。
ショックのあまり動きが鈍くなってしまったロイの代わりに、憲兵がドアをノックする。
中から小さな声で「はーい」と応ずる声があった。
声変わりもしていないような高い声に、憲兵の言っていたことが確実になってしまい、ロイの口からは思わずため息が出た。
だが、次の瞬間、ロイの目の前に現れたのは…
「遠路はるばるようこそいらっしゃ…」
そう、目の前に現れた金の髪に金の目は…
「──ッ!!エドワード!!」
再会の喜びのため、ロイは目の前の華奢な少年を力いっぱい抱き締める。
「中佐!?」
驚いた…というか、たしなめるような少尉の声が聞こえたが、ロイはそんなことに構っていられなかった。
もう、離したくなかった。
もっと、話したいことがあったんだ。
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