もう一人の、天使。
上司の後先を考えない行動により生じてしまった、痛いくらいの沈黙をホークアイは持て余していた。
特に話す必要もないが、今回訪ねた少年の幼馴染の少女の視線が気になってしょうがない。
「あ、あの…あの人…アルをどうするんですか?」
当然と言えば当然だが、ロイに対してあまりいい感情を持たなかったらしい、少女の問いかけ。
「……………国家錬金術師の勧誘に来たのよ」
上手いフォローが見つからなかったのか、ホークアイの言葉は歯切れが悪い。
「国家錬金術師?」
言葉の意味自体は知っているけれど、彼女にとってそれは、一生関わることのないものだったのだろう。
大きな目を更に大きくしている。
「そう…優秀な錬金術師がいると聞いて…」
少しずつ話の糸口がつかめてきたホークアイは、柔らかな笑みを少女に向けて話し始める。
「…そう、なんですか…」
6割くらいは納得したであろう少女の笑顔に、ホークアイは苦笑いを向けた。
「全く…軍から犯罪者が出るかと思ったわ」
とは後にこの時のことを思い出したホークアイが口癖のように言っていたこと。
それと同時刻、廊下での沈黙が破られた頃、室内でもその沈黙は破られていた。
「先程は…失礼した」
いい年をした大人が、まだ10代半ばの少年に本気で頭を下げている。
「あ、お気になさらないで下さい」
驚きはしたらしいものの、その少年はあっさり許した。
普通ならもっと疑えよ…と思うような状況であったにも関わらず。
偏見かもしれないが、自然に囲まれた穏やかな村で育ったから、こんな性格が形成されたのではないだろうか。
今までの態度を一変させて、厳しいとも冷たいとも取れる面持ちで、ロイはここへ来た目的を切り出した。
一通り国家錬金術師の説明を終えると、少年は真剣な表情で机を睨むようにして見ていた。
「あの…考える時間をいただけますか?」
ようやく顔を上げた少年は、金の眼を真っ直ぐロイに向けてそう言った。
子供ながらも、思慮深い受け答えをする少年だった。
ロイの話を聞いている最中も、真剣に聞いているのがロイにも分かったので、説明のしがいがあった。
「ああ…構わんよ。答えが出たら、ここに連絡をくれたまえ」
そう言って慣れた手つきで名刺を渡す。
それを丁寧に受け取った少年は、躊躇いがちに問い掛けた。
「あの…僕はその…エドワードさん、と、似ているんですか?」
できるだけ彼の事は答えたくはなかったが、先程の失態がロイのガードを緩めた。
「…似ているといえば似ている」
よく見てみれば、髪と眼の色は同じだが…
エドワードはつり眼だったし、小さかった。
目の前の少年は、柔和な面持ちで、年相応の体格をしている。
いや、もしかしたらこの年頃の少年の中でも、背の高い部類に入るのでは?
「あ…あの?」
じっと見つめていたらしく、少年は気まずそうに声をかけてきた。
「ん?ああ…すまない」
本気で警戒されては困る。
この少年には、錬金術師としてしか興味はないのだから。
「おかしいな。似ていないはずなのに、似ているんだ」
意味深な発言をした大人に、少年は困ったように、笑った。
「帰るぞ」
ドアの向こう側では女性同士で、和やかな会話を楽しんでいたようだ。
あの状態からどうやってそこまで持っていったのか知らないが、ホークアイは子供の扱いが上手いのかもしれない。
見送りに来てくれた少年と少女に、別れの挨拶をすませて、ロイが背を向けた時
「あの…マスタング中佐」
急に少年に名を呼ばれ、ロイが振り返ると
「エドワードさんに…会えるといいですね」
そこには、天使のように、微笑む少年がいた。
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