“それ”は消さないで。







「お〜い。アル〜迎えに来たぞ〜」

もう遅い時間なのでロイの言いつけのままに、書庫に足を運んだハボックが見たものは…

「ど、どうした?」

大量の本を積み上げ、しゃがみこんでいるアルフォンスの姿だった。





ハボックは、へたり込んでいるアルフォンスを何とか立ち上がらせて、執務室へ向かった。

「やあ…すまなかったね。今、ホークアイ少尉がココアを…」

通常の仕事をしていたらしいが、アルフォンスの姿を認めると、すぐにその手を止めた。

「中佐…」

「…とりあえず腰掛けたまえ」

アルフォンスは言われた通りにソファに腰掛ける。

「お前もだ」

「俺も…っすか?」

重大な話が始まりそうな雰囲気なのに、自分がいていいのだろうか?

ハボックの困惑などお構いなく

「失礼します」

ホークアイがノックをして部屋に入ってくる。

「ああ…ありがとう」

ロイは労いの言葉をかけると、その場の人間全員にソファに座るように促す。

ハボックと同様に困惑を顕にしているホークアイだが、すぐにハボックの隣に座った。

ホークアイが持ってきたココアをアルフォンスが受け取ってから

「…どうだったかね?」

それを待っていたかのように、ロイは問い掛けを口にした。

「大抵…見たことがあるんです…」

「…その本は君の家に…?」

「ありません」

「図書館で見たことは?」

「読んだことのある本も何冊か…」

「…図書館に行ったことが…?」

リゼンブールから滅多に出ない少年が、図書館で本を読んだことがあるというのは、どこか矛盾を感じさせる。

ましてや、それらは貴重な上に、人体練成に多少なりとも関わりのある書物。

全くと言っていいほど、人体練成に興味がない少年が読むには、不自然なものだろう。

「え?あれ?どうしてだろう?でも…見たことはあるんです…」

「ふむ…」

混乱しているアルフォンスに、ロイは苦笑いを浮かべる。

「だろうね…あれは私が権力と財力をつぎ込んで集めたもののようだから…」

ロイはそう言って、鍵の付いた引き出しを開け、中から例の紙束を取り出す。

椅子から立ち上がり、ソファの方へ移動したロイは

「これは…?」

そう訊ねるアルフォンスと、興味津々なハボックとホークアイの様子に

「見てみろ」

とそれを机の上に広げ、アルフォンスの隣に座る。

許可が出たので、ハボックは早速その紙の中の一枚を手に取った。

「なになに?『錬金術関連書籍一点 156,800センズ』…うわ!高っ!本のくせに高っっ!!」

「錬金術書とかって大抵高いですけど…それは法外な値段ですね…」

アルフォンスは驚いてそう言って、ハボックの手元の紙を覗き込む。

ホークアイも書類を一枚引っ張って

「『中央図書館 禁帯出本は一週間以内に郵送で返却すべし。なお必着のこと』…これは…禁帯出なのに貸し出しを…?」

「ああ…そのようだな」

「ん?これは…『デュボン骨董店 書籍 85,000センズ』うげ…俺ここの店主…苦手なんすよ…」

骨董品とハボック。

あまり考えられないような組み合わせに、アルフォンスが素直に問いを口にした。

「ハボックさんは骨董とかに興味があるんですか?」

「は?いや…全然?」

「…なぜその骨董店の店主を知っているんだ?」

真剣な表情で訊くロイに、ハボックは首をひねっている。

「え?…そう言えば…デュボン骨董店って…行ったことないかも…」

「…私が頼んだものを買いに行ったのだろう?」

微かに残っている記憶を頼りに、ロイがそう訊ねると

「あ〜そう言われてみれば…そうでしたね…確か…」

眉間に皺を寄せたハボックは、必死に記憶を辿る。

「中佐に…『こういうタイトルの書籍を探し出して来い』…って言われた気が…」

ようやくと言った感じのハボックの答えに、ロイはしきりに頷いている。

「…ハボック…君は錬金術を学んだことはあるかね?」

「へ?あるわけないでしょう?」

「ホークアイ少尉…君は?」

「私もありませんが…?」

「では…ハボック。人体錬成とはどういうことかね?」

「そのままでしょう?人間をつくりだすことで…術師の間では暗黙のうちに禁止されている…とか?」

「中尉…君は賢者の石を知っているかね?」

「え…?はい。等価交換の原則に則らない練成が可能になる…と…」

「錬金術を知らないのにそこまで…?」

伝説の中でしか存在が認められない物に関して、錬金術を学んだことのない人間が淀みなく答える。

アルフォンスの驚きは、ロイに視線を向けることで更に深まる。

「…ちなみに私は仕事の時には、あまり錬金術の話はしないことにしている」

「では…どうして…?」

実を言うと、アルフォンスも賢者の石に関して、詳しいわけではない。

…それなのに、何故か、知っていた。

「俺は…あいつから聞きましたよ?」

「あいつ?」

「ほら…えっと…」

思い出そうとしていたハボックは、その動きを止め目を見開いた。

「誰…?」

「…あなたも思い出せないの…?」

「ってことは…少尉も…?」

「ええ…中佐…誰なんです?この…私達の記憶から抜け落ちてしまった子は…」

「うむ…私にもよく分からんが…この私の執着の仕方から言って…思い浮かぶのは一人だ」

「…エドワードさん…?」

アルフォンスの言葉に、深く頷き

「そうだ…エドワード・エルリックの可能性が高い」

いつかロイが話していた、戦場で会った天使。

「エド…そうだ…エドだ」

「…エドワード…君?」

二人の中で、エドワードに関する情報が、徐々に引き出されているのを感じたロイは

「そしてもう一つ引っかかることがある…」

隣に座るアルフォンスを、正面から見据えて訊ねた。

「アルフォンス君…魂の定着を、知っているかね…?」

「あ、はい…魂のみを別の物体に…例えば鎧、と…か…?」

そこまで言うと、アルフォンスは自分の掌を眺める。

「どうした?」

ハボックが問い掛けると、アルフォンスは顔を上げ3人を見渡し

「僕は……どうして…この姿なんですか?」







「…ようやく…言える」



















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