なんの手がかりもないまま、伝蔵が忍術学園に帰ってきたのはもう日が沈みかけた頃だった。
伝蔵が自室で様々な思いを抱えていた時
「山田先生…少し…お話したいことがあります…」
緊張した面持ちで現れた半助に、自然と伝蔵の目も険しくなった。
「何だ?」
「これを…」
半助はそう言って利吉の手紙を懐から出して渡した。
「これは?」
「利吉君からの…手紙です…」
言いにくそうに半助が言うと、伝蔵はゆっくりと手紙を開いた。
一瞬目を見開いたのは『愛しています』という文字の為だろう。
しばらくその手紙を読んでいた伝蔵は、目の前に利吉がいるかのように微笑んだ。
「まだまだ子供よ…」
「え?」
半助が思わず声を出すと、伝蔵は苦笑を浮かべ
「自分勝手で、独り善がりで、自己中心的で…言い出したらキリがない…」
あまりにもいつものように微笑んで、半助に手紙を返す。
「すまなかったな…半助…」
その瞳は、まさしく父の目だった。
それは、全てを赦す目でもあった。
今まで隠してきた利吉と半助の関係が、こんな形で伝蔵に受け入れられるとは…
「いえ…わたしの方こそ…申し訳ありませんでした…」
たった一人の息子の将来を、違う形であれ絶ったのは自分だという負い目。
伝蔵と奥方が楽しみにしておられた孫を、このままだと見せられないという罪悪感。
それらを半助は常に持っていた。
…利吉はどうか知らないが。
深々と頭を下げる半助に、伝蔵は苦笑を浮かべて首を振り
「お前が悪いわけではない…あの馬鹿息子のせいだ…」
俯いたまま半助は首を横に振って否定する。
「本当に…お前には迷惑をかける…」
そんな半助を見ながら、伝蔵は悲しげに笑った。
利吉はもう振り返らなかった。
敵の真っ只中を走り抜ける。
「くっ…!!」
まだ毒が完全に抜けきっていないので、また体が動きにくくなった。
気付いた敵の忍者が追いかけてくるのが、殺気でわかった。
「わしはここにおる!」
しかし、殿の言葉に忍者達はすぐに利吉を追うのをやめた。
隠密で行動するので、必要最低限の人数しかいなかったようだ。
それに手負いの忍者を退治するよりも、彼らにはもっと重要な任務があったのだ。
そう…目的は、この城の…
無我夢中で走っている最中に。
背後で聞きなれた…肉を切り裂き、骨を砕く鈍い音が聞こえた。
…だが、もう一つ。
聞きなれたうめき声は、少しも…聞こえなかった。
『迷わず…帰っておいで…』
『迷ったら…私が…』
『…君を探して…一緒に帰ってあげよう』
先生…!
半助さん!!
会いたい気持ちがあった。
残酷な…約束をした。
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