全てを燃やす。



全てを燃やせ。



あの方の首を曝しておくなど、出来るものか。







一夜明けて、侵入者の城に潜む。

そのまま帰りたいと、逸る気持ちを押しとどめ、ここまでやってきた。

それは、もちろん、褒美を…貰うために。

城の全ての人間を皆殺しにでもしたと思っている為だろうか、警備が気味の悪いくらいに手薄だった。

あっさりとこの城の城主の側にまで近付けた。

そして、利吉は見つけた。

…ここ数日で、見慣れてしまった顔を。





時間差で発火するように仕組んだ爆薬が、火薬庫だろうと食料庫だろうと所構わず爆発した。

この陣営の周りを、特に念入りに燃えるようにしておいた為、城主はかなり慌てていた。

笑い出したいのを堪え、素早く近付いて…

「殿!!ここはもう駄目でございます!!早くお逃げ下さい!!」

まるで今まで側にいた家臣のように、燃えていない部分を指差す。

もともと今回の戦のために張られた陣営なので、別に未練はないのだろう。

「わ、分かった!!」

こちらの顔など見もせずに、城主は一目散に燃えていない部分…故意に燃やさないようにした部分へ走っていった。

他の家臣も利吉に対し、特に疑問を抱いた様子もなく、城主を守るようにしてそこから出て行く。

しばらくそれを見送っていた利吉は不意に、自らの行動に疑問を感じた。

(殺そうと思えば、殺せたのに…)

しかし、それにはすぐに回答ができた。



…この人の目の前で、これ以上、無駄な血は流したくない。







周りに誰もいなくなってから、利吉はようやく殿と向き合った。

首化粧をされた殿の首は、生前より顔色が悪いだけで他は特に変わっていなかった。

「助けて頂いて…ありがとうございました」

炎の中、熱や煙のせいだけでなく利吉の目が潤んだ。

「…導いて頂いて…ありがとうございました」

ぼやけた視界と、踊る炎の中で…



───殿が、微笑んだ。



「──っ!」

思わず声を詰まらせた利吉は、方膝を付き頭を垂れた。

家臣の礼をした利吉は、殿にようやく背を向けた。

もう、迷いはない。

また背を押された利吉の行く先を、炎でさえも阻まなかった。










ただぼんやりと過ごす。

たった一人の人間がいなくなるだけで、こんなにも世界は変わるものなのだろうか。

今までだって、ずっと側にいたわけではないのに…

特にやることもなく、一人でいると、どうしても思い出してしまう。

流れる涙も、ついえた。

「土井先生…」

聞きなれた声に、幻聴かと思いつつ半助は振り返った。

それでも、会いたかったから。

「利吉君…?」

驚きに目を見開いている半助に、利吉は微笑んで

「只今、戻りました」

と言って頭を下げた。

「約束通り……帰って来ましたよ」

出かける前と同じように微笑んだ利吉は、少し照れくさそうに鼻の頭を掻いた。





消えてしまうかと思いながらも、ゆるゆると半助は手を伸ばす。

それに気付いた利吉も、恐る恐るその手をとった。

正面から抱き締めあう。

利吉が半助の体をきつく抱き締め、半助が利吉にもたれかかるようにして。

「…半助さん…」

利吉は噛み締めるようにその名を口にする。

「利吉君」

半助は包み込むようにその名を口にする。

子供達はその光景を見て、ほっと胸をなでおろして去って行った。





授業も何もかも放り出して、しばらくそうしていた後、不意にに半助が声を出した。

「あ…」

「どうかしましたか?」

全く腕の力を緩めず、利吉は尋ねる。

利吉が声を出すたびに、密着した喉が震えるのがおもしろいようで、半助はわざと喉仏の当たる位置に頬を寄せた。

しかしそれだけで、一向に何も言わない半助に疑問を感じた利吉は、腕の力を緩め半助の顔を覗き込む。

「半助さん?」

「ねぇ…利吉君…」

ちょっと照れくさそうに微笑んで

「おかえり…って…まだ言ってなかったね」

半助は利吉の首に両腕を絡めながら呟いた。










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