最近、気になる人がいる。
今のところ中央の図書館には、思ったよりも手がかりは無いようだ。
でも、まだこれだけの蔵書がある。
しらみつぶしに見ていけば、いつか手がかりを掴めるだろう。
…いや…絶対に掴んでやる。
真剣に文字を追っていたが、急に左肩の痛みに気付いた。
どうやら長時間、同じ格好でいた為に肩が凝ってしまったようだ。
本の間に適当な紙を挟んで栞にし、両腕を思いっきり上に伸ばす。
「恋煩い?」
肩の金属音に重なった、からかうような響きの声に、両腕を上に上げたまま固まってしまった。
「……何のことだ?」
思い当たる節は…無い。
「最近、ため息とか考え事とか多いなぁ…と思ってさ」
「そう…か?」
自覚は無い。
「うん……何か悩み事でもあるの?僕でよかったら相談に乗るよ?」
アルの声が気遣うような声色に変わったので、慌てて笑顔を浮かべて
「大丈夫も何も…多分…ちょっと疲れてるだけだよ」
「そう?なら…いいけど」
アルはそう言って、本に視線を戻した。
きっと表情が見えたなら、苦笑いを浮かべているのだろう。
そう予測して、自分が苦笑いを浮かべた。
それから、二人とも一言も話さず本と向き合っていた。
だが、アルの言葉が気になって、なかなか集中できない。
そのせいなのだろうか…
「エド〜アル〜!!」
いつもなら反応しないはずなのに、急に聞こえてきた声に思わず顔を上げた。
それにその声は、聞き覚えのあるものだった。
「「中佐?」」
図書館だというのに、全く頓着しない様子に、こっちがハラハラさせられる。
「聞いてくれよ〜うちのエリシアちゃんがもうすぐ1歳の誕生日を迎えるんだよ〜」
写真に口付けながら、器用に説明をする。
「うわぁ〜おめでとうございます!!」
嬉しそうなアルの声に、中佐も満面の笑みで
「おう!で、どうだ?お前達もパーティーに…」
「は?パーティー?」
「あ…でも僕達…」
すぐに遠慮する弟は、この場合もやはり辞退を申し出ようとした。
「お祝い事は大人数の方がいいだろ?」
だが20代後半の男性とは思えないほどの、無邪気な笑顔につられるように、結局は頷いた。
「よっし!決まりな!!」
あれよあれよという間に、パーティーの日程やらを告げられる。
明日の午後8時から。
アルを見ると、嬉しそうに何かを言いながら相槌を打っている。
まあいいか。
たまにはそんなことも…
「他には誰か来るんですか?」
「ん?おお!聞いて驚け!お忙しい東方司令部の司令官もお出ましだ!」
……キャンセル。
「大佐も!?お仕事は大丈夫なんでしょうか…?」
「なぁに。あいつはやるときゃやる奴だ。多少無理したって…」
「あ〜俺ちょっと用事があったんだ…」
上手い言い訳が思いつかなかったが、今はこれだけを言うので精一杯だった。
簡単に流されてたまるか。
「用事?兄さん何かあったっけ?」
…ないです。
「…ちょっとした野暮用だ。アルは中佐の家にお邪魔させてもらえ」
「おいおい〜豆がいっちょ前に野暮用かよ」
「だぁれが埃みたいなびっくりサイズのちびかぁっっ!!」
「誰も言ってないよ…兄さん…」
はっ!ついつい条件反射で…
「と、とにかく…用事があるんだ」
他の言い訳が思いつかないので“用事がある”の一点張りしか出来ない。
…こういう時、大佐なら上手く嘘を突き通すんだろうな…
って…何こんな時に大佐なんか思い出すんだ!?
一人で百面相をしていたらしく、二人に変な目で見られていた。
もっとも、アルは表情が分からないから雰囲気で判断した。
「そっか…それなら…」
何か事情を察してくれたらしい弟は、そう言って中佐に顔を向ける。
その視線を受けて、中佐は苦笑いをアルに返す。
しかし、こちらに目を向けた時には真剣な表情を浮かべていた。
「エド…ロイが来なければ…お前は来るか?」
「ななななんで大佐が関係…」
何故どもる俺!?
「お前達…ロイのことを…どう思う?」
中佐に訊ねられ、アルが首を傾げ顎に指を当てる。
昔からのくせはなかなか直らないらしい。
「僕は…とても頼りになる人だと思います。でも、時々ぬけたところがあって…それはそれで魅力的かな…と…」
頷きながらこちらを向いた中佐の視線が鋭くて、思わず目を逸らした。
「お、俺は…いけ好かない…」
「兄さん!?」
「仕事はサボるし、女にだらしないし、いっつも余裕かましやがるし…」
咎めるようなアルの声に、自分でもまずいと思っていることを知る。
恐る恐る中佐を見ると、奇妙な表情をしていた。
泣きそう…?
じゃない…これは…
「何がおかしいんだよ」
笑いを必死に堪えている表情だ。
「ぶっ…や…何て言うか…」
そう言うと、俯いて肩を揺らす。
「お前さんはどうやらロイのことを勘違いしているらしいな」
笑いは終わったが、まだ笑いの残る声で言われ
「は?」
変な声が出た。
「…知らないんだろう?あいつのこと?」
「──っ!…そ、そんなの興味ねぇし…」
何だか急に心臓が引き絞られるような痛みに襲われた。
「色々、質問してみろよ。新しいロイを発見できるかもしれないぞ」
「何を言…」
「だからパーティーに来い。ロイと話す機会をやろう」
「いっ、いらねぇよ!!」
しまった!このままだと中佐に流されてしまう!!
「まぁまぁ…親友が誤解されたままだと、俺も心苦しいんでね」
満面の笑みで言われて、思わず引いた。
というより、この人は本当に軍人なのだろうか?
「じゃあ明日な!エリシアちゃんを泣かせてみろ!ただじゃおかねぇからな!!」
気が付いたら捨て台詞を残し、中佐は去っていった。
引き止められるはずもなく、あっさりと中佐はいなくなった。
呆気にとられていたが、アルの方が立ち直りは早かったらしい。
「嫌なの?」
嫌なわけじゃない。
そもそも何が嫌なのかも分かっていない。
それに、これは俺自身の問題であって…
「大佐は関係ないだろ?」
「へ?大佐が…嫌なの?」
しまった失言だ…
「や…そうじゃなくてよ…」
なんと説明しようか…?
…何で大佐なんかのせいで悩まなきゃいけねぇんだよ!
大佐が来ようが来なかろうが関係ないだろ!?
何であんな避けるようなこと…
「あ〜もういいや。アル、今日はここまで読むんだったな」
考えることを放棄して、朝に設定したノルマを指差す。
「あ、うん…どうする?もう帰る?」
「ばか。帰ってどうする。早くもとに戻るためだ…」
全ては言わない。
言わなくても、アルは分かってくれるから。
「そっか…そうだね。頑張ろう兄さん」
「ああ。じゃあ…やるか」
ゆっくりと腰を下ろして、続きから読み始める。
少し離れた所で、金属が空洞に反響する音が聞こえた。
まるで戒めのように。
それなのに…
それなのに…
ヒューズ中佐との会話で…
気になる人の顔が、はっきりと思い浮かんでしまった。
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