何だか避けられている気がするのは…
自意識過剰なのだろうか?
ヒューズの娘の誕生日パーティとやらに、気が付いたら強制的に参加させられていた。
参ったなぁ…
いくらレディでも、20歳以上も離れているとなると犯罪だろうし…
というよりヒューズの娘はまだ1歳だ…落ち着け自分。
軍人のくせに友人の多いヒューズ家は、大賑わいだ。
ヒューズ自身もヒューズの妻も、人当たりはよさそうだし当然といえば当然だろう。
辺りに視線を巡らすと、子供がやけに集まっている場所があった。
子供はあまり好きではないが、気になったのでその方向を見ていると
「うわぁ!高い高い!!」
「あんまり暴れると落ちちゃうよ〜」
「次あたし!」
「違うよ!僕だもん!」
「こら喧嘩しちゃだめだよ…よいしょっと…ほらこれならいいでしょ?」
喧嘩を始めそうだった子供二人を、両肩に乗せているアルフォンス君がいた。
よく見ると危険防止のためか、いつもはあるはずの肩の棘(?)を外している。
子供が子供をあやしているというのは、どこか不思議な気がしてならない。
…見た目は子供ではないから、誰も気にしないだろうが。
そして、その子供の輪を保護者のように眺めている彼を見つけた。
微笑ましいと思っているのか、弟を取られて寂しいと思っているのかはその表情からはうかがい知れない。
子供なのに、複雑な表情をする。
…いや…もうこの子は子供ではなくなってしまったのかもしれない。
「やあ鋼の」
さり気なく声をかけてみると、彼は肩を大きく揺らし
「あ、ああ大佐か」
ぎこちなく笑った。
「あ〜エリシアちゃん見に行った?」
暫くしても立ち去る気配を見せないと、彼はその場を取り繕うように口を開く。
「…ヒューズに散々見せられた」
「可愛いよな〜」
「ああ…だが『可愛いだろ!?可愛いだろ!?』と目の前に子供を突き出しといて『いかん。ロイは危険だ』と言って急に子供を視界から隠すのは…」
流石に友人の娘(年の差26歳)に手を出す気はない。
鋼のに手を出すより危ない。
…いや…だからって鋼のに手を出すわけではないが。
……多分。
「う〜ん…エリシアちゃんには手は出さないとは思うけど…」
真剣に考え込んでいる様子を、落ち込んでいると捉えたのか、フォローをしようとしてくれる。
「当然だ。私は本来、年上が好みだ」
「……え?……そうなの?」
その表情がどこか不安げに見えたので、改めて自分の言った言葉を考えた。
「…基本的にはそうだが…」
「で、でもさ…大佐より年上っていったら、だいたいが30代のおばさんじゃん…」
不器用に笑う彼に、少しだけ淡い期待が芽生えた。
「そうだな。ならばやはり年下がいいかもな」
「へ?……単純じゃねぇ…?あっさり好み変えんなよ」
「仕方なかろう?好きになれば年齢など関係ない」
これは偽りない本当の言葉。
ともすれば、性別まで越えそうなこの感情はなんと呼べばいいのだろう。
「おっ、俺…もっかいエリシアちゃん見てくる!」
慌てたようにヒューズのもとへ向かう後姿を、呆然と見送る。
照れてしまったのだろうか?
それとも、何か避けられるようなことを言ってしまったのだろうか?
手にした酒にはあまり口をつけていないので、酔って口が滑ったという言い訳も出来ない。
こうやって悩むだけの自分に、久しくお目にかかっていない。
苦笑して再び彼の去った方向を見ると、ヒューズに何か言われているらしく不貞腐れたような表情を浮かべる鋼のがいた。
そんな子供らしい表情を向けられるヒューズが、無性に羨ましくなった。
「いかんな…こんなことでは」
呟くと更に空しい。
「何が?」
驚いて見ると、小さな女の子がじっとこちらを見上げていた。
「いや…その…」
「遊ぼ!お兄ちゃん!」
言い訳しようと考えていたのに、少女は話を切り替える。
子供は往々にしてこういう態度をとることがある。
「え…?」
いきなり手を引っ張られて、慌ててまだ中身のあったグラスをテーブルの上に乗せる。
「あ、大佐〜」
連れてこられた先で可愛らしい声に呼びかけられた。
目を向けると、先程と同じように子供を肩車しているアルフォンス君がいた。
「ア、アルフォンス君…」
子供には慣れていないので、どうすればいいか分からず彼に頼ることしかできない。
その視線の意味に気付いたのか、彼は説明をしてくれる。
「この子達、大佐に遊んでもらいたいそうです」
「遊ぶと言われても…私の範疇外なのだが…」
「はい。教育的指導。僕が言っているのはそういうんじゃなくて、こうやって…」
アルフォンス君はそう言いながら、近くにいた女の子を肩に担ぎ上げる。
「ちょっとしたことでいいんです」
きっと優しく微笑んでいるだろう彼を見上げていると
「たいさ〜」
左手を引っ張られるような感覚があって、かなり低い位置に目をやると
「肩車して〜」
前歯が抜けたのか一本無い男の子が、にっこりと笑っていた。
「…いいだろう」
つられるように笑って、腰を屈めてご要望通りに肩車をする。
子供特有の甲高いはしゃぎ声に、少々驚きはしたがあまりにも嬉しそうなのでこっちまで嬉しくなる。
見ると先程のアルフォンス君のように、順番待ちをしているらしい子供達がこちらを見上げていた。
アルフォンス君ほどではないが、自分の高い身長が少し誇らしい。
しばらく順番待ちをしている子供達の相手をしていた。
明日はきっと腰痛と筋肉痛に苦しむだろうが、子供の相手というのもなかなか楽しいものだ。
「似合わねぇ…」
低い声が聞こえて目線を当然のように下へ落とすと、子供達よりは若干高い身長の鋼のがいた。
「…君もそう思うかね?」
自分でも気付いていた。
「思う思う。ヒューズ中佐なんて、エリシアちゃんのことを忘れてあんたに見入ってたぜ?」
「おや。それは光栄だね。ただヒューズなのが残念だが」
肩車をしていた女の子が、髪を引っ張った。
「いたた…」
「たいさ下りる〜」
「ああ…よいしょっ…と」
言われた通り、女の子を肩から下ろす。
「大人の人がさ…驚いてんだよ『まさか、大佐ほどの方が子供の相手をするなんて』ってな」
顔を上げると目に飛び込んできた悪戯っ子のような表情に、子供達と同じものを感じた。
「ほう…これでまた人気者になってしまう…困ったものだ」
「はいはい」
真面目に取り合ってくれない鋼のを伴い、子供達の輪から離れる。
名残惜しそうに見てくる子供達に、微笑んで手を振れば子供達も手を振ってくれた。
「そういえば、昔住んでいたところにも子供が多かったなぁ…」
こういうふうに遊んだりはしなかったけれど。
「へぇ…な、なぁ大佐の故郷って…どんなとこなの?」
……故郷?
「さぁ…どこを故郷と呼ぼうか…」
「生まれたところは?」
見上げてくる黄金は、それでも私の目を見ようとはしていなかった。
頭の上…のような…髪の毛?
心配されるほどまだ薄くはなっていないのだが…
白髪か?
その可能性の方が高いな。
「……生まれて数ヶ月で、すぐに引っ越したからなぁ…よく知らないんだ」
「じゃあ…一番、長く過ごしたところは…?」
真剣に訊ねるその姿は、どこかよそよそしかった人物と同じとは思えない。
「どうしたんだい?今日はやけに積極的だね?」
からかってみると
「こ、答えたくないなら…いい…」
殊勝な答えが返ってきた。
「別に答えたくないわけではないのだけどね?」
むしろ興味をもたれるのは嬉しいことだ。
一番長く…いたところ…
時間的に?空間的に?
それとも…精神的に?
一番心に残っている場所は…
燃える大地。
焦げる臭い。
誰かの叫び。
自分の笑声。
「ああ…」
思い出したよ。
「どこ?」
「戦場」
鋼のが息をのんだのが、見なくても空気だけで伝わってくる。
驚かせてしまったな。
だが、これが私の本心。
君には…取り繕った心は見せたくなかったんだ。
さて…
本当に嫌われてしまったかな?
「そ…か」
思ったよりも薄い反応に、ちらりと横を覗き見れば
「じゃあ…俺の故郷は…あそこだな」
微苦笑ともとれるほど、薄い笑みを刷く唇から目が離せなくなった。
「…どこだい?」
「東方司令部」
心臓が大きく脈打った。
「いつもいるわけじゃないけど…俺達って何だかんだ言って、そこが一番ゆっくりできる所みたいだし…」
そんな風に見ていてくれたのは、嬉しい。
きっと司令部の人間も嬉しいだろう。
「ほぅ…私がいても…いいのかね?」
聞かなければいいのに、聞いてしまうのは…
「し、仕方ないじゃん…大佐はそこが職場なんだし…」
嫌われていないと、自惚れているからだろうか?
「いつでも…来なさい」
いつでも…帰って来なさい。
飾らない本心。
上手く伝わっただろうか?
「…………そろそろイーストシティに戻ろうと思っててさ…」
無性に抱き締めたくなる衝動は、間違っているのだろうか?
「それはいい。みんな…待っているよ?」
君達が帰ってくるのを。
もちろん、私もね。
「…おう」
滅多にないほど彼が素直に微笑むから、自然と笑みが浮かんだ。
子供達のお陰で、顔の筋肉が笑いを形作るのに慣れていたようだ。
さて、私も帰るとしよう…
やはり私の故郷も、そこなのだろう。
…彼がいるなら。
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