大佐の仕事場。
普段はこの町へ来た時の報告と、この町を出る時の報告でしか来ない。
だからこんなに長くいることはあまりなくて…
俺を知らない奴のびっくりしたような表情。
俺を知っている奴の挨拶と笑顔。
…それがやけに気にかかってしまう。
でも、ここは俺が勝手に決めた俺の故郷。
エリシアちゃんの誕生日パーティーから、列車で帰る途中。
『ロイの奴は思ったより素直だからな…』
ヒューズ中佐の言葉が気になってしょうがない。
それって…見てれば…大抵のことが分かるってことか?
一人で悩んでいると、俺が話さないから気を使ったらしいアルが、大佐に話しかけている。
『中央はたくさん本があって読みきれませんね』
実際には読みきれないなら、もっと中央にいるべきなのだが…
急に帰りたくなったなんて言ったら、おかしいんだろうな。
現にアルだって「東方司令部に行くぞ」って言ったら首を傾げていたし…
『そうだな』
大佐はアルの言葉に、にこやかに答えた後
『…そういえば…』
何かを思い出すように顎に手を当てて目を閉じている。
その横顔を食い入るように見つめてしまうのは、何故だろう。
『東方司令部にも…参考になるかは分からないが…古い本があるぞ?』
見るかい?
いきなり目を開けるから、そう訊ねてくる瞳に、思わず頷いてしまった。
アルと大佐の執務室へ向かって、廊下を歩いていた。
気前よく資料室の閲覧許可を出してくれたので、鍵を取りに行っている最中だ。
「おう!!久しぶりだな!!」
後ろから声がしたと思ったら、ブレダ少尉に背中を叩かれた。
「うおうっ!!」
「うわぁっ!!」
力いっぱい叩かれて、吹っ飛びそうになる。
…俺が小さいからじゃなくて、ブレダ少尉の力のせいだ。
現にアルだってよろめいていただろうが。
これだけパワフルで頭脳派なんて…人は見かけによらない。
「今回は長いのか?」
向かう方向が同じだったらしく、アルとブレダ少尉に挟まれるようにして歩く。
「まだ決めていないんですけど…」
「まぁ…いつもよりは長くいるつもり」
な?とアルに同意を求めると、首を傾げた後にこくんと頷く。
素直な弟を持って良かった…
「そりゃいいや!」
嬉しそうに言ってもらえて、こっちまで嬉しくなる。
「ブレダ少尉…例の資料の件だが…おや…?」
部屋に足を踏み入れるなり、背の高い軍人に声をかけられた。
正確にはブレダ少尉に話しかけたようだが。
しばらくじっと見つめられて、妙に居心地が悪くなった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
「お久しぶりです」
にこりともせずに細い目で言われては、反応に困ると言うものだ。
そんな俺達のやり取りを見ながら、苦笑したブレダ少尉は
「おう。今持って来たぞ。ほれ」
持っていた書類をファルマン准尉に渡した。
ファルマン准尉は、すぐにそれを眺めると
「…確かに」
とだけ言って、自分の席に戻っていった。
あの人は何を考えているのか、イマイチ掴めない。
…大佐の比ではないけれど。
所在無く立っていると、またファルマン准尉が立ち上がる。
その手には書類らしきものがあった。
「探し物は見つかったかな?」
すれ違いざまにファルマン准尉に肩を叩かれ、正直ものすごく驚いた。
「いや…まだ…」
「そうか…早く…見つかるといいな」
その言葉からは、まるで自分のことのように考えてくれている気持ちが滲み出ていた。
「はい…ありがとうございます」
アルにもそんな気持ちが伝わったのか、嬉しそうに答えていた。
どうしてここの人達はこうもお人好しなんだ…
生意気なガキのことなんか、こんなに気にかけなくてもいいのに…
「そんな顔すんな」
影ができたと思って顔を上げた瞬間、ハボック少尉にいきなり額を小突かれた。
「──ってぇっ!!」
額を押さえていると、ハボック少尉はタバコを吸い込んで息を吐く。
「眉間に皺寄せるなって」
「え?皺寄ってた?」
自分の眉間に手を伸ばすが、当然この状態で皺が寄っているはずもない。
「寄ってたんだよ」
そう言ってハボック少尉は俺の眉間に親指をぐりぐり当てる。
「いてっ!!いてて!!何すんだよ!!」
「兄弟みたいだな」
ブレダ少尉は豪快に笑っていて、助けようとはしてくれない。
「こんな兄貴ならごめんだ!!」
「んだと〜残念ながらこんな豆、うちの家系には一人もいない」
今度は頭をぐりぐりとかき回される。
「豆言うな!ってか縮む縮む!!」
「ははは!縮め縮め!」
「ハボック少尉…それ以上やったら本当に芥子粒になっちゃうんで…」
控えめに止めに入ってくれたアルは、それでも大層失礼なことを言っている。
「今からどうするの?」
そのやりとりを微笑ましそうに見ていた中尉に訊ねられ、アルがすぐに反応した。
「あ、大佐が資料室を見せて下さるって…」
「鍵取りに行ってもらってる」
「相変わらず勉強熱心だな…」
求めるものがあるから、勉強熱心とは違うけれど…
ファルマン准尉の言葉に、ちょっと照れくささを感じた。
「大変だね…頑張るんだよ」
そう言ってフュリー曹長に頭を撫でられた。
今度はアルの頭を撫でようと、背伸びをしている。
軍人にしては小柄な気がするフュリー曹長に、腰をかがめたアルが
「ありがとうございます」
と嬉しそうな声を出す。
「それにしても、エドワード君の髪って綺麗だね」
悪意など欠片もない笑顔に、素直に顔が綻んだ。
「ちょっと痛んじまってるけど…」
「でも、こんな綺麗な金色って見たことないなぁ…」
やや遠慮がちに触れる曹長に、微笑んで頭を傾ける。
曹長ならからかったりしないから、触ってもいいと思う。
「俺の髪はちょっとくすんだ金だしな」
ハボック少尉は自分の髪を摘んで呟く。
ブレダ少尉も頷いている。
「私もどちらかというと、白に近い感じの金ね」
中尉が苦笑いを浮かべると、ハボック少尉が
「中尉の髪も綺麗です」
などと言い始める。
今まで気付いていなかったわけでもないけど、これはやっぱりあからさま過ぎない?
中尉も満更ではないようで、少し照れくさそうだ。
「僕は黒いからなぁ…」
フュリー曹長は苦笑いで、その二人から視線を逸らし、自らの頭を指し示す。
「あ、でも大佐よりはちょっと茶色っぽくね?」
この間見たけど、大佐の髪は本当に真っ黒なんだ。
「大佐より?」
「大佐の髪ってさ、本人の腹の中と一緒で真っ黒いんだよ」
こういう冗談が通じない人間は、ここにはいない。
視界の隅で、真面目に仕事中のはずの数人が吹き出すのが見えた。
「う〜ん…あんまり見たことないからわからないけど…」
苦笑いの曹長は、どちらかというと大佐の肩を持つ。
その曹長の髪は光に当たると茶色に見えた。
だが大佐の髪は、光に当たってもなお、黒さを際立たせるのだ。
「そう言われてみれば…そうかもな…」
「ですね…光が当たって…青いというか…」
大佐の頭を見下ろせる数少ない人間であるハボック少尉とアルは、記憶を辿っているようだ。
ちょっと、胸がむかむかした。
いつか絶対に大佐の頭を上から見てやる。
大佐が部屋に入ってきた途端、先程のことを覚えているのか数人が微かに吹き出した。
それを不思議そうに見ていた大佐は、暫く考えていたようだが思い当たる節がなかったようですぐにこちらを向く。
その手の中には、頼んでいた資料室の鍵があった。
「すまない待たせたな。これが鍵だ。場所は…」
「二階の右側一番奥の部屋だろ?」
大佐はちょっと驚いた顔をした。
そりゃそうだろう…
その部屋は、一度だけ司令部内を案内された時に見たことがある程度で。
実際にその資料室は今まで、一度だって開放されていなかったんだから。
驚くのも無理はない。
「よく覚えていたね」
けれど、すぐに笑顔を浮かべた。
褒められたみたいで嬉しいと思ってしまうのは、何故だろう。
鍵が差し出され、右手で受け取った。
機械鎧と鍵のぶつかる音は、手袋越しにも微かに響いた。
「じゃあ…早速行くか」
鍵を握り締めアルに訊ねると、こくりと頷いて
「お仕事中すみませんでした」
と深々とその場の人間に、頭を下げた。
「休憩時間だったから大丈夫だ」
煙を吐き出しながら、ハボック少尉は笑った。
だが、これだけの人数が一気に休憩に入ることは有り得ない。
つまり、総出で歓迎してくれたんだ。
愛されていると感じるのは、こんな時。
ちょっとした罪悪感を感じるのも、こんな時。
「無理はしないのよ?」
中尉は、俺の頬を両手で包み込む。
その暖かさに軽く混乱しているうちに、頬に微かな温もりが触れた。
「「─────っっ!!?」」
ハボック少尉と大佐が、目を見開いているのが視界の隅に見えた気がした。
何をされたかよく分からずに、呆然としていると
「アルフォンス君もね」
そう言って、アルの顔を両手で包み込む。
そして、引き寄せるとその頬と思われる部分に、口付けた。
それが自分が先程されたことだと気付き、瞬く間に顔が熱くなった。
「…エド…」
ハボック少尉の目に、射殺されそうになったので思わず目を逸らす。
『大佐の頭を上から見下ろせる』ということに対する妬みは、今ので帳消しになったことにした。
「ありがとうございます。中尉」
照れくさそうに答えるアルに、中尉も周りの皆も微笑む。
「い…行ってきます」
いつの間にか違和感なく口をついて出た言葉。
「いってらっしゃい」
みんなの笑顔。
「覚えておけよ」
ハボック少尉の目だけは笑っていなかった。
「イッテキタマエ」
大佐は螺子が外れたみたいな状態になっていた。
そういえばアルの髪は、俺よりも綺麗だったなと思った。
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