[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。
天気は、雨。
時刻は、深夜。
場所は、イーストシティ。
人通り、なし。
俺は、独り。
まるで夢遊病のように宿を抜け出した。
大佐との食事で、腹は満たされていた。
多分、今夜の食事のために仕事を急いで終わらせてくれた大佐に、心とやらも満たされたに違いない。
だが…それじゃ駄目なんだ。
傘なんて気の利いたものなんてなくて、自然に身を投じる。
アンダーだけの肌から、徐々に体温が奪われていく。
体温が奪われるということは、体温があったということで…
「───っ!!アルっ…!アルっっ!!」
何も感じることのできない弟に、言いようのない想いが込み上げてきた。
体は異様に冷たいのに、目頭だけが熱い。
でも、泣けない。
泣かないと決めたから。
泣いてはいけないと…思ったから。
ブレダ少尉に叩かれた背中が…
ファルマン准尉に触れられた肩が…
ハボック少尉に小突かれた額が…
フュリー曹長に撫でられた頭が…
ホークアイ中尉にキスされた頬が…
優しさとか、温もりを感じる自分の全てが…
全てが…嫌だった。
それは…むしろ…
「煩わしいか?」
かけられた声に顔を上げれば雨の中、傘も差さずに突っ立っている大佐がいた。
大佐と店の前で別れてから、もう何時間も経っているはずだ。
「…わず、らわしい…?」
何を聞かれたか、一瞬理解できなかった。
それよりも、手を伸ばせば届く距離に立たれても、声をかけられるまで気付かなかった自分に驚く。
黒い髪からは雫が絶え間なく滴っている。
どれだけ自分は、この存在に気付けなかったのだろう?
「煩わしいか?」
先程と同じ言葉を、先程と同じ無表情で聞かれた。
「…なん、で…?」
何で分かったのだろう。
「冷たさも、煩わしいか?」
どう…答えよう…
…答えて…いいのか?
「冷たさを感じることでさえも、煩わしいのか?」
俺が…そんなこと、言ってもいいのか?
俺が…こうやって、悩んでもいいのか?
「それを考えることすら…おこがましいか?」
淡々とした口調は、朗々と降り注ぐ。
二つ名の焔は、返上した方がいい。
こんなに冷たく、染み入る言葉を発する男に…焔は似合わない。
むしろ、この雨のように無遠慮に染み入ってくる…
焔とは反対の、水の方が似合…
「…憎いか?」
体に電流が走ったかと思った。
憎い?
何が?
この男が?
いや、そんなはずはない。
憎いのは…
「不完全とはいえ肉体を留めた自分、が…」
それ以上は言わないでほしい。
……答えてしまいそうになるから。
「憎いか?」
普段よりも硬い印象を持たせる声に、これがこの男の本来の姿なのかと思う。
雨の音など、この男の声がした時から聞こえていない。
自分の鼓動だって、聞きたくない。
聞きたいのは、その、音。
口が…酸素を求めるように開いた。
開いてしまった。
「憎い」
「ああ」
「憎い!」
「そうか」
「憎いんだ!!」
「そうだろうな」
この時、気付いた。
この男は、自分を子ども扱いするくせに…
決して、蔑ろに、しない。
だから…溢れてしまう。
「憎いんだよ!こんな体!!」
「勿体無い」
「何でアルなんだよ!!俺の体を持っていけばいいだろ!?」
「アルフォンス君の方が好みだったのではないかね?」
「あいつが…何であいつだけ辛い思いをしなきゃならない!?」
「君だって辛そうだ」
「あいつは何も悪いことはしてないんだ!!悪いのは、俺なんだ!!」
「どうして?」
…どうして?
「アルはっ!!アルはっ…!!」
言葉が、出てこない。
「いつも…こんな俺に気を使ってくれて…っ…」
いつだって、優しい弟。
体を失う前よりも、もっと優しくなった弟。
世話好きで、時折毒舌な弟。
奇異の目で見られる、ちょっと引っ込み思案な弟。
礼儀正しくて、誰からも好かれる弟。
俺のせいで、体を失った弟。
魂だけの、弟。
なあ…俺には、何が出来る?
お前に、何が出来るんだ?
「君だって“いいお兄さん”だぞ?」
何を…言っている?
弟の体を…失わせた…俺が?
「何言って…」
「兄弟がいない私から見たら、君たちはとても羨ましい」
そんな顔で笑わないでくれ。
「お互いがお互いを支えあっている」
そんなことを言わないでくれ。
「違うかい?」
俺に…答えさせないでくれ。
「わか、んねぇ…」
「そうか」
どうして…?
どうして答えを求めない?
どうして…側にいる?
ブレダ少尉に叩かれた背中よりも…
ファルマン准尉に触れられた肩よりも…
ハボック少尉に小突かれた額よりも…
フュリー曹長に撫でられた頭よりも…
ホークアイ中尉にキスされた頬よりも…
こんな冷たい男の、見つめる視線の方が…
安心するなんて。
頬を伝う、雨とは違う温度の雫。
冷え切った体を、その黒い目に宿した焔が…
包み込むように、暖めて…
内側から、ゆっくりと溶け出した…
錯覚。
多分、そんな、きっかけ。
TOP BACK NEXT