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天気は、雨。

時刻は、深夜。

場所は、イーストシティ。

人通り、なし。



俺は、独り。







まるで夢遊病のように宿を抜け出した。

大佐との食事で、腹は満たされていた。

多分、今夜の食事のために仕事を急いで終わらせてくれた大佐に、心とやらも満たされたに違いない。



だが…それじゃ駄目なんだ。



傘なんて気の利いたものなんてなくて、自然に身を投じる。

アンダーだけの肌から、徐々に体温が奪われていく。

体温が奪われるということは、体温があったということで…

「───っ!!アルっ…!アルっっ!!」

何も感じることのできない弟に、言いようのない想いが込み上げてきた。

体は異様に冷たいのに、目頭だけが熱い。

でも、泣けない。

泣かないと決めたから。

泣いてはいけないと…思ったから。





ブレダ少尉に叩かれた背中が…

ファルマン准尉に触れられた肩が…

ハボック少尉に小突かれた額が…

フュリー曹長に撫でられた頭が…

ホークアイ中尉にキスされた頬が…



優しさとか、温もりを感じる自分の全てが…

全てが…嫌だった。

それは…むしろ…





「煩わしいか?」

かけられた声に顔を上げれば雨の中、傘も差さずに突っ立っている大佐がいた。

大佐と店の前で別れてから、もう何時間も経っているはずだ。

「…わず、らわしい…?」

何を聞かれたか、一瞬理解できなかった。

それよりも、手を伸ばせば届く距離に立たれても、声をかけられるまで気付かなかった自分に驚く。

黒い髪からは雫が絶え間なく滴っている。

どれだけ自分は、この存在に気付けなかったのだろう?

「煩わしいか?」

先程と同じ言葉を、先程と同じ無表情で聞かれた。

「…なん、で…?」

何で分かったのだろう。

「冷たさも、煩わしいか?」

どう…答えよう…

…答えて…いいのか?

「冷たさを感じることでさえも、煩わしいのか?」

俺が…そんなこと、言ってもいいのか?

俺が…こうやって、悩んでもいいのか?

「それを考えることすら…おこがましいか?」

淡々とした口調は、朗々と降り注ぐ。

二つ名の焔は、返上した方がいい。

こんなに冷たく、染み入る言葉を発する男に…焔は似合わない。

むしろ、この雨のように無遠慮に染み入ってくる…

焔とは反対の、水の方が似合…

「…憎いか?」

体に電流が走ったかと思った。

憎い?

何が?

この男が?

いや、そんなはずはない。

憎いのは…

「不完全とはいえ肉体を留めた自分、が…」

それ以上は言わないでほしい。

……答えてしまいそうになるから。

「憎いか?」

普段よりも硬い印象を持たせる声に、これがこの男の本来の姿なのかと思う。

雨の音など、この男の声がした時から聞こえていない。

自分の鼓動だって、聞きたくない。

聞きたいのは、その、音。

口が…酸素を求めるように開いた。

開いてしまった。

「憎い」

「ああ」

「憎い!」

「そうか」

「憎いんだ!!」

「そうだろうな」

この時、気付いた。

この男は、自分を子ども扱いするくせに…

決して、蔑ろに、しない。

だから…溢れてしまう。

「憎いんだよ!こんな体!!」

「勿体無い」

「何でアルなんだよ!!俺の体を持っていけばいいだろ!?」

「アルフォンス君の方が好みだったのではないかね?」

「あいつが…何であいつだけ辛い思いをしなきゃならない!?」

「君だって辛そうだ」

「あいつは何も悪いことはしてないんだ!!悪いのは、俺なんだ!!」

「どうして?」

…どうして?

「アルはっ!!アルはっ…!!」

言葉が、出てこない。

「いつも…こんな俺に気を使ってくれて…っ…」



いつだって、優しい弟。

体を失う前よりも、もっと優しくなった弟。

世話好きで、時折毒舌な弟。

奇異の目で見られる、ちょっと引っ込み思案な弟。

礼儀正しくて、誰からも好かれる弟。

俺のせいで、体を失った弟。

魂だけの、弟。



なあ…俺には、何が出来る?

お前に、何が出来るんだ?





「君だって“いいお兄さん”だぞ?」

何を…言っている?

弟の体を…失わせた…俺が?

「何言って…」

「兄弟がいない私から見たら、君たちはとても羨ましい」

そんな顔で笑わないでくれ。

「お互いがお互いを支えあっている」

そんなことを言わないでくれ。

「違うかい?」

俺に…答えさせないでくれ。

「わか、んねぇ…」

「そうか」

どうして…?

どうして答えを求めない?

どうして…側にいる?







ブレダ少尉に叩かれた背中よりも…

ファルマン准尉に触れられた肩よりも…

ハボック少尉に小突かれた額よりも…

フュリー曹長に撫でられた頭よりも…

ホークアイ中尉にキスされた頬よりも…



こんな冷たい男の、見つめる視線の方が…

安心するなんて。





頬を伝う、雨とは違う温度の雫。





冷え切った体を、その黒い目に宿した焔が…

包み込むように、暖めて…

内側から、ゆっくりと溶け出した…

錯覚。





多分、そんな、きっかけ。









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