あれからもう、数ヶ月。

あれから…手帳を大佐に見せてもらってから、もう結構な時間が経っていた。

結局……分からなかった。

別に不貞腐れているわけではないのだが、ずっと東方司令部には戻っていない。

今は東部と南部の境くらいにある町に滞在している。

どうやら、赤い石についての伝承があるらしいのだ。

その話も噂なので信憑性がない上、観光地化された為そのことを知っている人が減ってしまったらしいが…

僅かな可能性があるのなら、どこにだって行ってやる。

まさに藁にも縋る思いだ。

この町は時期によっては旅行客が多いようだが、丁度俺達は客が少ない時期に来たらしく、泊まる場所には全く困らなかった。

むしろ観光シーズンではない分、しつこいくらい色々な宿の勧誘を受けた。

宿同士の間でのサービス競争が激しかったようで、気が付いたらとてもいい宿に格安で泊まれることなっていた。

それだけ見ると良いことづくめのようだが、肝心の賢者の石に関する進展がない。

町に来て結構な時間が経っているというのに、なかなか良い情報は得られなかった。

加えて例の大佐の手帳が、物凄く気になっているのだ。

『まあ…人に簡単に読まれるような暗号ならば使ったりしないさ』

暗号が解けずに返却期限を迎え、沈み込んだ俺達に気を使ったらしい台詞。

だから子ども扱いすんなって!!

くっそ〜あの余裕ぶった態度がむかつく!!

顔も身長もだけど、態度が一番気に食わねぇ!!





「どうしたの?」

布団の中で悶々と悪態をついていると、アルが心配したらしく声をかけてきた。

「お腹でも痛いの…?」

「いや…何でもねぇよ…」

もそもそと布団から這い出して、ベッドに腰掛ける。

「あ…大佐の手帳のこと?」

「…ああ」

本来ならここは「賢者の石のこと?」と訊ねてくるべきなのだろうが…

やはりアルも気になっていたようだ。

だったら、今日はこんなに暑いんだし、分かったことの確認作業でもしておくか。

トランクの中から、大佐の手帳を解読している時に乱雑に書き殴った紙を取り出す。

「毎日のように書かれていたから、日付はその事を思いついた日の日付そのままだと思うけど…」

大佐の研究手帳には、おおまかに4つのことが繰り返し書かれていた。

日付・時刻・女性の名前・デートの内容…

「うん。ちょっとした日記みたいだったよね」

「でも、時刻は…」

「大佐愛用の錬金術書の引用ページ」

一度だけこっそり見たことがある、大佐がよく読んでいる錬金術書のページ数と時刻が対応していると予測した。

普通の手帳に「13:28に待ち合わせ」などと中途半端な時刻は書かないだろう。

それにその時間はきっと仕事中だろうし。

つまりこれは、例の本の1328ページだということだろう。

「そう…そして…『オリバイン夫人』は…」

「等価交換…だったよね?これは兄さんのひらめきが冴えてたね」

「まあな。『オリバイン夫人には敵わない』あの大佐にそう言わせられる女の人がいるかよ」

「そうだね。普通の手帳として見たら分からないけど、研究手帳っていう前提で見てるから何となく納得するよね…」

大佐が敵わない女性といえば、ホークアイ中尉しか思い浮かばない。

まあ…もしかしたら、本当に敵わない女性がいるのかもしれないが…

「あと…大佐が太陽か火を意味する言葉が、なんとなく分かったんだけど…」

このままだと、嫌な方に考えが行きそうだったので、誤魔化すようにアルに殴り書きの紙を見せる。

昔から俺のこんな文字を見慣れているせいか、アルは見事に読みとった。

「『ジェイド』?…何かそれって…男の人の名前みたいだよね?」

「だろ?女性の名前ばかり書いてるくせに、一人だけ『ジェイド』だもんな」

「なるほど…兄さんはそれが怪しいと見たんだね?」

「そうだ。そして『8月21日:今日のジェイドは我侭だ。どうしてこんなのと付き合おうなどと思ったのか』」

「え?じゃあ…やっぱりそれは女の人なのかな?」

「いや、違うと思う。これは研究手帳だからな。俺はこのジェイドは『太陽』か『火』を表してるんだと思う」

むきになって説明をしている自分を、冷静な自分が嘲笑っていた。

「付き合う…かぁ…そうだね。焔の錬金術師なわけだし…」

「それにJadeっていう鉱石には『天空のもつ陽の力』っていう意味が込められている」

図書館にあった鉱物関連の本に興味を惹かれて、息抜きがてら読んでみたのだ。

まさかこんなことが役に立つとは思わなかったのだが…

「そんなこと、いつの間に調べたのさ…」

「……で、もう一つ」

「何で話逸らすの?」

…実は…図書館にあった禁帯出の本だが、図書館で読んではいない。

「『至高にして卓絶せるもの』っていう意味もあるらしい」

「…またこっそり本を持ち出したんだね…」

う…ばれた…

その日の内に、図書館で読みきれないと判断した本をこっそり持って帰っていたのだ。

普通の本なら素直に借りるが、禁帯出の本だったので…

「…そ、そんなことより…どうだ?この俺様の推理は!?」

誤魔化そう。

とにかく誤魔化そう。

「…全く兄さんは……ふぅ…そうだね。そう考えたら太陽か火を思い浮かべるね」

よし。誤魔化せた。

というより、アルが妥協したとも言える。

「あの大佐にとって至高にして…ってことは火しかねぇもんな」

「…火しかないわけじゃないだろうけど……」

「まぁ…これしか見たことねぇし…」

指をぱちんと鳴らしてみる。

さすがにあんなに大きな音は鳴らなかった。

「それと…どうしても分かんねぇ言葉が…」

「兄さん…考えすぎだよ?」

「だってよ〜…気になるだろ?」

「まあね…でもさ…大佐の手帳を見てから、ずっと機嫌悪いでしょ?」

「…へ?誰が?」

思いもかけないことを言われて、驚きにアルを食い入るように見つめる。

「兄さんがだよ!」

機嫌が悪い…?確かに暗号が解読できなくて、いらいらしてたが…

「俺…お前に八つ当たりしたか?」

記憶にはないのだが、普段の自分の行動から考えて弟に八つ当たりしている可能性も否定できない。

「してないよ?」

「…それでも俺の機嫌が悪いって言うのか?」

「う〜ん…何ていうか…イライラしてるでしょ?」

「してねぇよ」

「してるよ」

頑固なアルは、一度言い始めるとなかなか自分の言葉を変えない。

それに大抵、アルの方が正しいことを言っていることが多いのだ。

自分ではイライラしているとは思っていないのだが、自覚症状がないだけでイライラしているのか…?

「あ…もしかして…」

「思い当たることがあるの?」

大佐の手帳を見てからということは、ほぼこの町に来た時と一致するはずだ。

「あのよ…この町…さすがに南に近いだけあって暑いんだ…」

実際今日は特に酷くて、屋外に出て聞き込みをする気にもならず、こうして宿でだらだらしている始末だ。

まあ宿にいたって、暑さがしのげているとは到底思わないが。

「そうなの?」

「ああ…何ていうか…今日とか特にじめじめしてるというか…」

「そうなんだぁ…」

上手く言葉で言い表せない。

例え上手く言葉で言い表せたとしても、結局のところアルがそれを感じることはない。

「…だから…ちょっとむかむかしててよ…」

そっとアルの体に触れてみる。

「それなら仕方ないね」

温かい言葉と、温かい鎧。

「……悪かった…」

「ううん。でも、そういう時は言ってね?」

「え?」

「僕には…分からないから。兄さんが倒れてから気付くなんて嫌だよ?」

「…分かった」

素直に頷くと、アルが安心したように微笑んだ気がした。

だから、俺が微笑んだ。

「よし…気を取り直してやるか」

「うん」

アルの体から手を離して、もう一度散らばった紙をかき集める。

「この最後のページの言葉…」

言ってしまった後で、やはり言わなければ良かったと思った。

今は、そのことについて考えたくないと思っている自分がいたから。

「あ。あれ?あれってさ、解読の手がかりになりそうだよね?」

「……ああ」

「でも…本当…誰なんだろうね?」

やはり考えたくない。

「…さあな」

「やっぱり…綺麗な人なんだろうなぁ…」

見たこともない女の人が、長い髪を靡かせて振り向くイメージが浮かんだ。

「そんなん興味ねぇ」

「あ、ほら。やっぱり機嫌が悪い」

確かに機嫌が悪くなったと自覚した。

「ちげぇよ…あんな女たらしの好みなんか知ったって…」

「…そうだけど…あれは研究手帳なんだから、本当のことが書いてあるとは限らないでしょ?」

大佐の手帳には、女性の名前や、その女性と過ごす予定がびっしりと書き込まれていた。

だが、その中に今までの走り書きだったものと違って、ゆっくりと書いたような丁寧な文字があったのだ。

「あの文字は…研究手帳とか……関係ないのかもしれねぇな…」

「そうかな?」

「きっと…本当の…」

自分が何を口走ろうとしているか気付き、慌てて口を閉ざす。

「…だったらなおさら…続きの言葉が気になるね」

俺の言いたかったことを察したのか、アルは静かに呟いた。





『愛しの…』





きっとその後には、女性の名前が続くのだろう。

きっと躊躇いながら書いたのだろう文字は、丁寧ではあるがどこか震えの跡が見られた。

きっと…綺麗な女の人なんだろうな。

取りとめも無く憶測だけが、頭を駆け巡る。





どんな女を思い浮かべているのか…

どんな想いで書き綴ったのか…



想像しただけでも、むかむかした。





やはり今日は暑すぎる。









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