色とりどりの花たち。
自然に咲いているわけではなく、切り揃えられてバケツに入っている。
それでも、その花たちの美しさは衰えない。
天気のいい日は特に、まるでそこにだけ春が訪れたようでもある。
今日は別段、花を買う気があったわけではないが、仕事が休みだったので散歩のついでに店先を眺めていた。
「おや。マスタングさん。いらっしゃい」
すると、いつの間にか顔なじみになっていた店主が、気さくに話しかけてきた。
ひげもじゃで強面の男で、どう見たって花屋を営んでいるようには見えない。
だが、慣れれば意外と花が似合う気がするのだ。
…不思議なことに。
「今日もプレゼント…ですか?」
悪戯っ子のようにな笑顔で言われ、つられて笑みが浮かぶ。
いつもここで花束を買う時は、女性へのプレゼント用に買っていたのだと思い出す。
「…まあな」
特にデートの予定があるわけでもないのに、口から勝手に言葉が零れた。
強がりにしては、穏やかな声だった。
「どんな花束にしましょうか?」
いつもなら、店主にお任せで女性好みの花束を誂えて貰うのだが…
「あまり…華美でないように」
私の付き合う女性は大抵、華やかなことを好む場合が多い。
まあ私を選んだ時点でそうなのだが。
だが、思い浮かんだ顔は、そういった華美とは無縁と言っても差し支えないほどの子供。
「珍しいですね」
店主はにこりと笑って、花を選び始める。
「まさか…片思いですか?」
丁寧に花を選びながら訊ねる店主に、他意はないのだろう。
いや、あったら燃やすが。
「…ああ」
片思いともつかない感情に、気まずくて目が泳ぐ。
両思いではない…絶対に……ならばやはり片思いか?
眉をしかめて店主を見ると、やけに驚いた表情をしていてこっちまで驚いた。
「な、何だ?」
どもってしまったのは仕方ないとしよう。
「マスタングさんが、そういうことをおっしゃる日が来るとは…」
「は?」
「ようやく一人にお決めになったんですね…」
うんうんと頷きながら言われた言葉に、店主に変な気を使わせたことを知る。
ついでに、なにやら誤解を与えてしまったことも。
「いや…そういうわけでは…」
「では!僭越ながら私めがマスタングさんの為に、晴れて両思いになれるよう誠心誠意こめて、花言葉をも考慮しつつ、その方に喜んでいただけるよう、花束の花を選ばせていただきますっっ!!」
「……そういうことはあまり大声で言わないでくれ…」
怒鳴りつける気力も萎えた。
何より店主には悪意はないのだ。
きっと。
周りのギャラリーの好奇心に満ちた瞳にも、悪意はないのだ。
多分。
「えっと…」
花言葉の本を片手に、いつも以上に熱心に花束を作る店主に苦笑がもれた。
こんな日も、悪くないだろう。
かなりの時間を花屋の前で費やした為、折角の休みの予定が少し狂った。
だが、それだけの価値があろうと思わせるほど、手にした花束は可憐だった。
…どうせ、渡す人間はいないから、家に持って帰るしかないのだが。
あったかどうか定かではないが、花瓶などというものを、探さなければならない。
どこにいるか分からない彼に、これを渡すことは出来ないだろう。
少し残念な気がしたが、思い当たった考えに背筋が凍る。
……彼は、受け取ってはくれない。
『新手の嫌がらせ?…気持ち悪いって…』
眉をしかめてそう言われるのがオチだ。
渡せない方が、いいのだ。
自分の、為に。
ならば何故、誰にも贈ることのない花を買った?
机の上に投げ出すように花束を置けば、答えが簡単に転がり落ちた。
『愛しのエディへ』
そこに書かれていることを、既に知っていなければ読めないほどの、微かな月の光。
花屋の機転で、メッセージカードを入れてくれたのだ。
見も知らぬ女性の名を書かせるのも良心が痛んだが、本当の名を告げれば相手が男だと分かってしまう。
そう思いながらも、結局は愛称ではあるが本当の名を告げたのだ。
こんな時だけバカ正直な自分が、ひどく滑稽だった。
花屋は少し驚いた顔をしたがその後、店先の花にも負けないほど優しい笑顔を浮かべていた。
「何をしているんだ…私は…」
温もりなどない、一人きりの暗い部屋で。
花の芳香だけが、日差しを匂わせた。
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