先程、連絡があった。

もうすぐ鋼のと弟が来るらしい。

丁度、会議で会えないだろうと思われる時間帯だ。

安心している自分がいて、少し自己嫌悪した。






実のない会議が終わってから、部下にはそれぞれ用事を言いつけていたので、珍しく一人で歩いていた。

不意に廊下の先からばたばたと足音が聞こえる。

こんなに忙しなく足を踏み出しているということは、身長の低い人間ということだろう。

ということは…つまり…

「大佐!!」

息を切らせて目の前に現れたのは、一番会いたくない人物だった。

口を開けば酷いことを言ってしまいそうで、口を引き結ぶ。

その態度に一瞬だけ怯んだ気がしたが、彼は目も逸らさずに言い切った。

「避けてるだろ…」

「…いや?…急に何を言い出すんだい?」

表情を取り繕って笑顔で言えば、眉を顰めた彼は呟いた。

「こっちに帰って来る時は…大抵いてくれるのに…」

それは、わざと君のために予定を空けておいたんだよ?

「今日は会議だったんだ」

「それでも、いつもは…誰かに言伝を頼むとか、書置きを残してくれてたじゃん」

普段の自分のまめな行動に、自嘲が浮かぶ。

「何がおかしいんだよ…」

これ以上の言い訳は、自分の首を絞めるだけのようだ。





こんな気持ちは、彼に向けるべきではない。

例えこの少年が、女性であったとしても。

例えこの子供が、自分と14歳も離れていなくても。



この子が、この子である限り。



告げてはならない、想い。

彼が禁忌を犯したという、事実がある限り…

幼い頃の罪、それを贖うために石を探し続ける限り…

弟の体だけでも、元に戻そうと願う限り…

告げてはならないのだ。

彼を縛るほどの力など、自分にはないと分かっている。

それでも、僅かながら淀のように、彼の心に影を落としてしまうかもしれない。

この、自分が。

ならば…私が取るべき行動は一つ。





「もう少し、私たちは立場をわきまえるべきではないかね?」

「…大佐?」

「私は君の上司だ。加えてとても忙しい…分かるかね?」

今はまだ手放せないけれど、離れることを促すことはできよう。

「…だから?そんなの今更だろ?今までだって…」

「今だからだよ。まだ間に合うんだ。子供のしつけは早いうちに…」

「──ッ!!子供って言うな!!」

子供という言葉に、小さいと言われた時の様な過剰な反応を見せる。

「だから…」

驚いたが表情には出さずに、結論を端的に述べた。

「君にばかりかまってはいられない」

それでも完全に離れていかないことを、ずるい自分は知っている。

…弱みを握っているのは、自分なのだから。

「…分かってるよ」

こんな理不尽なことを言って、怒鳴られることを覚悟していた。

だが俯いた彼は、静かにそう呟いた。





いつの間に息を詰めていたのか、何かを吐き出すかのように、重く長いため息が出た。

ため息をつくと、幸せが逃げると言うが…

金色の幸せが、今、廊下の角を曲がった。









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