痛い…いたい…
今日はやけに疼くな。
そう思って空を見上げれば、丁度いいタイミングで雨粒が顔に落ちてきた。
ああ…雨か…
徐々に酷くなる雨足に、それでも屋根のある場所へ向かう気になれない。
以前は大佐がいてくれたのに、今は誰もいない。
あと数歩で建物内だが、どうしても行きたくなかった。
見上げた窓には人影があるけど、はっきりとは見えない。
窓ガラスを流れる雨と、自分の目に入ってきた雨のせいで。
見えたところで、どうなるわけでもないけど…
あの人がいる場所が見えるここから…動きたくない。
それに…
足の接合部が痛んで、歩けない。
いつから自分は、こんなに弱くなったのか。
もう既に分かりきった問いが、頭をよぎった。
そうだ…
俺はいつだって、弱い。
自嘲を浮かべる自分を咎める人間は、ここにはいない。
おざなりなノックと共に、扉を開ける。
「失礼しま〜す」
なるべくいつもと同じ声で、同じテンションで。
いつもならここで、ちょっとした小言が付いてくるのだが…
書類から顔を上げる気配も見せず、大佐は言った。
「ああ…もう出るのかね?」
びしょ濡れの俺になんか、気付いてもいないのだろう。
いつものように…いつも以上に淡々と言葉を紡ぐ。
今日は雨だから、不機嫌なのだろうか。
それとも、何か…自分は何かしてしまったのだろうか?
それとも、この想いに…気付かれてしまったのだろうか?
「何だ?まだ何かあるのか?」
次の書類を見ながら、手元の資料を捲っている。
いかにも仕事をしているといった感じだ。
いつもはこんなことなかった。
どんなに急いでいる仕事でも、休憩と称して手を休め、話を聞いてくれたのだ。
急に寂しくなった。
こんな感情、間違っているとは思うが。
だから…言って欲しかった。
最後の手段だった。
これでだめなら、もう…
「なぁ…約束してくれ…」
「無理だ」
「俺がここに帰って来る時は…」
「無理だと言っているだろう?」
「あんたもここにいてくれ」
職場なのだから、大抵ここにいるのが当たり前だ。
だが、俺が言いたいのはそういうことではない。
せめてここにいるときだけは…逃げないで。
きっとその意味に、気付いたに違いない。
彼は聡い人だ。
「……分かった。そのくらいなら約束しよう」
書類から視線を上げることなく、彼は呟いた。
安心して息を細く長く吐くと、背を向けた。
急に体が重く冷たく感じたのだ。
早く宿に帰ろう。
アルフォンスに怒られよう。
そして、すぐに発とう。
また、ここに帰ってこれるのだから。
それに、この人は…ここにいてくれるのだから。
「ああ、そうだ」
急に声が聞こえ、自分に向けられたものではないかもしれないと思いつつ振り返った。
「君も約束したまえ」
相変わらず書類に目を向けてはいたが、この部屋には彼と自分の二人だけだ。
つまりこれは…俺に向けての言葉…?
そう理解した瞬間、心臓が大きく脈打った。
「死ぬな」
書類を机に叩きつけるようにした大佐が呟いた声は、掠れていたが確かにこの耳に届いた。
「…おう」
真っ赤になった顔を見られたくなくて、逃げるように部屋を出た。
部屋を出て、少し冷静になった頭で思う。
愛情なんて求めてはいけない。
扉の閉まる音が、遠くで聞こえた。
痛い…いたい…居たい…
あぁ…俺はここに居たいんだ…
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