ここ最近、サボり気味だった研究の為の資料を探しに、普段は滅多に使われない書庫に足を運ぶ。
大規模なテロを未然に防ぐことができて、司令部内にはどこかゆったりとした時間が流れていた。
軍がこんなことではいけないとは思うが…
まぁ久々に司令部が一体となって事件に当たれたので、今回は不問ということにしよう。
自分で言うのもなんだが、この司令部は良い職場だと思う。
「でさ〜手術は痛いわ、リハビリは辛いわ…死にそうだったんだぜ〜」
不意に下士官達の話し声が聞こえた。
「でもさ〜すげぇよな…俺、機械鎧って初めて見た」
機械鎧。
それから連想されるのは、ただ一人。
「ほぉ…機械鎧か」
気が付けば、さり気なさを装って輪の中に入っていた。
「マ、マスタング大佐!?」
休憩時間だというのに、妙な緊迫感が生まれる。
我ながら軽率だったかと思ったが今更だ、営業スマイルを浮かべて誤魔化すことにしよう。
「気にせず続けたまえ」
よく見るとどうやら輪の中心にいるのは、片足を機械鎧にしたまだ年若い下士官だったようだ。
その顔には見覚えがあった。
「おや…君は…」
「はっ!この度東方司令部に配属になりました…」
「ああ。名前は聞いているよ」
はっきりとは覚えてはいないのだが、確かダニエルとか…?
…まあいいだろう。
「はっ!光栄であります!!」
必要以上に強張る体…
自分にもそんな時期があったのだ。
若いな…と思ってしまうのは、私が年をとったからだろうか?
「そうか…君は機械鎧だったのか…」
視線を再び若者の足に向けると、膝から下が鈍色に光っていた。
服を着てしまえば見えないので、普通は分からないだろう。
いや…書類には書かれていたのかもしれないが。
「それが…耕運機に挟まれて…」
「耕運機?」
何故、軍属の人間が耕運機に?
私は触れたことすらないぞ…
まさか新たなテロか?
…ありえない。
耕運機を使ったテロってなんだ。
「あ…こいつ元々農家の出なんです…」
恐る恐るといった感じで、周りの男が告げる。
そうか…この男は農家の息子だったのか。
…書類には書かれていたのかもしれないが。
「リハビリには…何年かかった?」
「えっと…3年であります!」
3年…それが平均的な手術とリハビリの期間と聞いた。
「しかし…機械鎧にするとは…思い切った判断だったな」
「あ。はい。どうしても軍に入る必要があったもので…」
声が徐々に小さくなっていく。
まあ誰にも聞かれたくないことはあるだろうからな。
それ以上追求すべきではないだろう。
「機械鎧は…どうだ?」
「なかったら困りますけど…あったらあったで大変です…」
「ほう…?」
興味があるような表情を見せれば、ずっと誰かに言いたかったのか、男はやや早口で語り始める。
「整備が面倒くさいですし…たまに接合部分が疼いたりしますし…」
接合部分が疼く?
だが、あの少年の態度は疼くというよりも…
「…痛いのか?」
「いえ?あ、でも…人によっては物凄く痛いらしいです」
ならば、雨の日にうな垂れていたのは…
やはり、痛みによるもの。
「そうか……頑張れ」
思わず出た言葉に、自分でも驚いた。
周りの人間も、言われた下士官も驚いたようだが、彼は少し照れくさそうに笑って呟く。
「ありがとうございます」
素直に告げられた感謝に、少しくすぐったい気になった。
窓の外は曇っていて。
もしかしたらあの少年のいる場所は雨かもしれない。
また痛みに堪えているのだろうか?
もしかしたら、久しぶりに掛かってきた電話で、何かを伝えようとしていたのかもしれない。
そう思ってみたりした。
だが、あの子は痛みを痛みとして伝えてこない。
せめて彼にも、あんな風に…声がかけられたらいいと思った。
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