久しぶりに見たイーストシティの駅は、以前ここを出た時と何ら変わりはなかった。
あまりにもアルがうるさいので、東方司令部に顔を出すことになったのだが…
また避けられているのか、大佐はずっと執務室に篭りきりらしい。
音信不通状態が長かった為、中尉達は心配してくれていたようで、顔を出すと喜んでくれた。
やはり会いに来てよかった。
それでも大佐には会いたくない。
…が。
「ごめんなさい。エドワード君…お願いがあるの…」
中尉の頼みなら、断れない。
それに今回は、おいしいクッキーと紅茶まで付けられてしまったので…
錬金術師のモットーである『等価交換』に則って、その頼みごとを了承した。
ドアをノックしようとしたその手は、空を切った。
その代わりコートを片手に突っ立っている、東方司令部司令官がいた。
どうやら先に内側からドアを開けられたようだ。
驚きのあまり立ち尽くしている大佐は、放っといて…
ドアの隙間から部屋を覗き見る。
「へぇ…残業って聞いたんだけど?」
「うっ…」
その表情からすると、やっぱりあの机の上の書類は…
「それより…何か用事かね?」
まだ、どこかよそよそしい。
前もって予測していると、いざ本当にそういう態度を取られてもショックは少ないようだ。
まあ慣れてしまったという可能性も、否定できないが。
「あぁ…監視役頼まれてさ」
「監視?」
驚きに見開かれた目が、ようやく俺をはっきりと捉えた。
「そう。あんたが真面目に仕事をしてるかどうかを見に」
「…そろそろ私は帰ろうと思うのだが…」
「ふぅん…で?仕事は?」
「やはり徹夜続きは堪えるというか…」
「年のせいだろ?で?仕事は?」
「そ、そうだね。年が年だから…それにデートの約束が…」
「じじい…蜂の巣にされちまえ」
自分で思っていたよりも、低い声が出た。
「…分かったよ…」
そう言って大佐はしぶしぶコートを掛け直した。
流石に蜂の巣にされるのはごめんだろう。
掛けたコートが少し歪んでいたので直してやると、優しい笑顔を向けられた。
「んだよ…気色悪い…」
「いや…君は実は気の利く子なんだと思ってね」
「…気のせいだろ?」
あまりそういう風に褒められるのに慣れていないので、いつもよりも口調がぶっきらぼうになる。
「どうでもいいけど…早く終わらせないとまずいんじゃない?」
そう言って書類の山を指差すと、苦笑いを浮かべてペンを手に取った。
「…あ…それ」
思わず出てしまった声と、それに込められた意味に、大佐は気付いたようだ。
「ああ…君のお陰で使い慣れたペンで仕事が出来るようになったよ。ありがとう」
「…だったら、きちんと期日内に仕事をしろよ」
「はは…善処しよう」
気付けばいつものような空気が流れていて、正直戸惑った。
だが、それよりも安堵感の方が勝っていた。
安心してしまったせいか、ついつい勢いよくソファに腰掛ける。
しまった…ここのソファは柔らかすぎて、思ったより沈んでしまうことを忘れていた。
機械鎧を付けている分だけ、少し体重が重くなってしまうのは仕方がないことだ。
慌てて体勢を整えようとして、気付いた。
いつの間に変えたのか、ソファが以前よりも硬めのものになっていた。
大佐を見るが、真剣に仕事をしているので聞くに聞けない。
まさか…わざわざ?
それこそ明らかに気のせいだろう。
一人だと特にすることもないし、ここにある本は軍機関係のものもあるかもしれないので、迂闊に手を出せない。
大人しくしているのは性に合わないので、勝手にコーヒーを淹れることにする。
別に気が利くと褒められたからではなく、二人分淹れてみる。
ついでだ、ついで。
大佐が早く仕事を終わらせないと、俺まで帰るのが遅れちまうからな。
一方を自分用。
もう一方を
「ま。頑張れよ」
書類にかからないように、慎重に大佐の机に置いた。
「…痛み入るね」
皮肉な口調とは裏腹に、その微笑みは柔らかかった。
…俺の気のせいかもしれないけど。
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