大人の男の背中とは、こんなにも…

冷たいのだろうか。







仕事帰りの大佐を捕まえて、夕食を奢らせた。

駄目もとでねだったのだが、拍子抜けするほどあっさりと了承してくれた。

そして文句を言いつつも、満足いくまで食べさせてくれた。

いつもと違う声と笑顔で『育ち盛りなんだ…もっと食べなさい』と…

まるで気遣ってもらっているようで、嬉しかった。

だから調子に乗っていたのかもしれない。

大佐の『送って行ってやろう』という言葉に…頷いた。







でも…この状況は、はっきり言って嫌かもしれない。

数歩先を歩く大佐とは、まぁ…その何だ…足の…長さが違う。

当然、俺が早足になる。

気を使って歩調をあわせられるのも腹立たしいが、これはこれで…





寂しい?

置いていかれそうで?





とりとめもなく湧き上がった自分の考えに、自嘲が浮かぶ。

歩調も緩めないし。

振り返りもしない。

ついて行っていると、何故そんなに自信があるのだろう?



目の前の、意外と広い背中に視線を向ける。

それはまるで、拒絶されているかのようだ。

あるいは、ついて来るのならついて来ればいい。

だが、来ないのならそれでいい、と。



いつか…切り捨てられる。

そう遠くない未来に訪れるかもしれないヴィジョンに、ぞっとした。

だから…確かめてみたくなったのかもしれない。





急に消えた気配に、大佐がようやく振り返った。

暫く辺りを見回すが、見当たらないようだ。

それもそのはず。

だって俺はこの木の陰に隠れて、様子を見ているのだから。

悪趣味だっていう自覚はある。

「鋼の?」

滅多に見れない慌てている姿に、思わず笑いが漏れる。

あの男でもあんな顔をするのだ。

「鋼の!?」

しかし、時間が経つにつれて気付いた。

その慌て方は異常ではないだろうか?

たかが我侭で可愛くない子供一人。

どうして…必死に探してくれるのか?

「どこだ!鋼の!!」

それはまるで、本当に心配しているかのようで。

自分の都合のいい考えに、苦笑い。

「ここだよ」

これ以上、勘違いをしてはいけないから、ひょっこり顔を出す。

「…隠れていたのか」

ちょっと怒ったような声に、申し訳なく思ったが

「心配をかけるな」

その言葉に、心臓が止まりそうだった。

「心配…したんだ?」

素直じゃない口は、相手の神経を逆撫でするようなことを言う。

だが、返ってきた声は、とても落ち着いていた。

「当たり前だ」

黒い瞳はいつになく真摯で、心臓が跳ね上がった。

「何事もなくてよかったよ」

どこか安堵したように微笑んだ彼に、目を奪われる。

しかし、その笑顔はいつもの人を食った笑みに変わった。

「遂に消えてしまったのかと思ってね」

「誰が視界にすら入らないどちびかあぁっっ!!」

…人通りのない道でよかった。

こんな夜に騒いでいる、非常識な自分を見られずにすんで。

この人の優しい笑顔を独り占めできて。

勘違いしても、いいのだろうか?

あの微笑みは、本物だと。







ちょっとだけ歩調を緩めてくれた。

時々、振り返ってくれた。

たったそれだけのことで…

最初に感じた冷たい背中という印象は、全く逆の印象に変わった。

だから、もう隠れたりしなかった。

それに今回は探してくれたけど、次は探してくれないかもしれないから。





…彼にだって、求めるものはあるのだ。

もちろん自分などとは比べ物にならないほどの大きな夢。

ならば…せめて…



その夢の途中で、出会えたことに感謝したい。







今はただ…

その背中が遠くなるのが、怖い。









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