例の花屋で花を購入した。
花屋の店主は、今回もまた本命に送る花だと思ったのか、可愛らしい花ばかりを選んでくれた。
しかし今回会う人は、そういった花を喜ぶような女性だっただろうか…?
もっと華美なものを頼みなおそうとして、綻ぶような店主の笑顔に
「…ありがとう」
結局それだけを言って受け取った。
今回の逢瀬の相手は、見た目は派手な妙齢の女性だった。
少しバツが悪いが、10代の少女に贈るような花を渡す。
こういう時には、花束を贈るのが習慣のようになってしまっていたから。
彼女はやや驚いた表情をしたが、すぐに笑って
「ありがとうございます」
と言って、丁寧に花束を受け取ってくれた。
花に埋もれるようにして、香りを楽しむ姿が少女のように見えた。
「もっと豪華なものを…とも思ったのですが…」
彼女を前にすれば、薔薇などの艶やかな花を渡したくなる。
世辞でもなんでもなく、彼女の前では花達の愛らしさも霞んでいる気がした。
言い訳めいたことを口にすると、彼女は花束を抱き締めるように抱えなおす。
「いいえ。こんなに素敵な花束を頂いたのは初めてです」
その言葉に偽りは感じられなかった。
相手に見せる為の笑顔ではなく、内から溢れる喜びを抑えるように笑う。
ずっと花束だけに視線が向けられて、こちらを見てくれないのは少し悔しいが…
「喜んで頂けてなによりです」
それでも、贈ったものをこんなに喜んでもらえるのは、本当に嬉しいもので…
今夜のデートは楽しいものになりそうだった。
予定通りに食事をして、散歩がてら近くのバーに歩いて向かう。
どうやら酒好きな人だったらしく、さっきからずっと二人で好きな銘柄などについて語っていた。
しかも、酒の好みが合うようだ。
「おすすめのお酒はありますか?」
「そうですねぇ…」
頭の中に様々な色のアルコールを思い浮かべて、彼女に合うような酒を思い出してみる。
あまりにも種類が多いのと、それらの名前を正確に覚えていなかった為
「行ってからのお楽しみ…ということで」
と苦笑いで誤魔化すことにした。
「それは楽しみです」
そんな誤魔化しなど彼女は見抜いていたようで、私に合わせて悪戯っぽく笑った。
店まであと少しという所で、不意に視界に入った鉛色に気付いた。
一度視界の隅に捉えた色を、再び振り返って確認する。
もう、その路地にはいなかったが…あれは…
「どうかなさいました?」
「あ…いえ…」
見覚えのある鎧と金髪の少年。
間違いなく彼らだった。
…見られてしまっただろうか。
いや…見られた。
弟は確実にこちらを見ていた。
…では彼は?
確か…彼は…
「大佐?」
「ん?ああ…すみません…」
「折角これからだというのに…上の空ですのね」
拗ねたように言う彼女は美しいし、何よりその仕草は可愛らしい。
贈った花束を大事そうに抱えてくれる姿にも、とても好感が持てる。
だが…どうしても先程の光景がちらつく。
一瞬、彼の目がこちらを向いた気がしたが…
それより早く、鎧の弟が遮った。
そうだ…アルフォンス君は…気付いていた。
そして気付いた上で、鋼のの視界から私を隠した。
…どういうことだ?
この現場を見られたくないという私の気持ちに気付いたのか?
いや…確かにアルフォンス君は気の利く子だが、こういう恋愛ごとにはかなり疎かったはず。
以前、修羅場なのに声を掛けられて驚いたくらいだ。
…なるほど…
潔癖な少年達に、私のこの姿は不誠実にしか映らないのだろうな。
実際、こんなにも狂おしく思っている相手が同じ町にいるというのに…
それに耐え切れず、こうして町に繰り出している自分は、確かに不誠実かもしれない。
それならばアルフォンス君の行動にも納得はいく。
…兄に醜い大人の姿は見せたくない…といったところか。
汚いものを見てきた彼らだが、兄にこれ以上汚れたものを見せたくないという弟の愛情だろう。
全く…麗しい兄弟愛だな。
「すみません。急な仕事を思い出したもので…」
「そんな…」
「この埋め合わせはいずれまた…」
そう言って手の甲に恭しく口付ける。
こんなこと、私にとっては挨拶と何ら変わりはない。
「……ええ…分かりましたわ」
その日は来ないことに気付いているような声音だった。
思った以上に聡い女性だったようだ。
丁重に謝罪を口にして───誠意が伝わったかは怪しいが───彼女を家まで送り届けた。
この辺りは相変わらず治安が悪いし、毎回どの女性にもしていることだった。
動揺していても、遂行できるくらいには。
別れ際に、唇を求めてきた女性に、苦笑いで首を振る。
今更だとは思ったが、彼を見た後ではどうしてもそれは…できなかった。
女性の、何か言いかけた形の良い唇は、再び閉じられ笑みを形作った。
そして結局、彼女の唇はその腕の中にある、彼女の唇よりもずっと色の薄い花弁に寄せられた。
笑みを浮かべているはずなのに、どこか寂しげなのは、その瞳が悲しげな色に沈んでいるから。
いつか見た、鋼のの表情に通じるものがあった。
それでも彼女は花束を抱き締め、微笑んだ。
「……さよなら」
ああ、やはり…彼女は美しかったのだ。
だが、今ここで突き放しておかなければ…
傍らの温もりに、縋っていただろうから…
明日は昼から出勤なので、急いで家に帰る必要もない。
ぼんやりと歩きながら、本気で思った。
「勿体無いことをした」
往生際の悪い呟きは、夜の冷たい闇に、白い息ごと消えていった。
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