宿に戻るなり…いや、宿に戻る途中から、アルの様子がおかしい。

図書館からの帰り、いつもと違う路地を歩いていて…急に方向転換を強いられた。

「アル…どうしたんだ?」

気になったことがあったら、聞かずにはいられないのは俺の性分だ。

しかし、アルはそんなこと聞こえていなかったかのように、いきなり話題の転換を図る。

「前から気になっていたんだけど…」

思ったよりも深刻そうな声に、何も言わずにその先を促す。

「兄さんって…大佐が嫌いなの?」

…大人しく聞いておくんじゃなかった…

どうにかして、話をはぐらかそうと思ったが、俺にはそういった器用なことは出来ない。

「う〜ん…嫌いというほどでも…」

だからよせばいいのに…話自体ではなく、答えをはぐらかそうとしてしまった。

「じゃあ好き?」

…………好きだよ。

……………好きだ。

「……好き?…あ〜…す、好きかもな」

ここで否定してしまっては、逆に追及されてしまうだろう。

もとより、肯定しても怪しまれそうだが…

この弟はそこまで邪推はしないはず。

「どっちなの?はっきりしてよ」

…どちらにしろ追求される運命だったようだ。

「って言われてもなぁ…お前はどうなんだ?」

ちょっとでも時間を稼ごうとした言葉は、あっさりとした答えで返される。

「僕?僕は大佐のこと好きだよ?」

アルのように素直に言える気持ちなら、よかったのに。

「兄さんは?」

再び訊ねてくる口調は、どこか切羽詰っていて…

こんな時のアルに、下手な誤魔化しをしては、後で更に面倒なことになる。

そんなこと、長い付き合いだから分かる。

そして、そんな時のアルに、自分が敵わないことも…

「か、からかってくるところは嫌いだけど、さり気なく気遣ってくれるところは好きだ」

よし。俺にしては上出来だな。

これならどうにか…

「どっちだよ」

だめだったか。

「…やっぱ…好きかもな」

あっさりばらしてみる。

もうどうにでもなれという心境。

ああ……好きだよ。



でも、それだけだから。



それだけ…だから。



「はっきりしないなぁ…もう…」

「だってしょうがないだろ?大佐相手だと素直に好きとか言えねぇよ」

長い質問責めに、少々ぼろが出てしまったような…

「…言えないだけ?」

「は?」

もしかして、物凄く墓穴を掘ったのでは…?

「素直に好きって言えないんだ?」

つまりは言えないだけで、本当は好きだ…と。

呟くように続けられたアルの言葉が、どこか遠くで聞こえた気がした。

頭が理解した瞬間、顔に血が一気に上ってきた。

「え…?えっ…えぇっ!?」

「自分で言って混乱しないように…」

アルの冷静な声にも、顔の火照りは収まらない。

「わかったから…」

アルは本当に、全てを理解したようだ。

…知られてしまった!?

今まで必死に隠してきたつもりの、自分の気持ちが!?

よりにもよって、一番知られたくない弟に!?



かなり、気が動転していた。

その為、神妙に呟く弟に微かな違和感を覚える暇もなかった。









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