人が人を求めるのは、本能なのだろうか?

恋に落ちるというのは、本能なのだろうか?

もしかして…今…

恋をしているのかもしれない。

いや…している。

かなり前から悩み続けているが…

未だにそれを認めることに、抵抗感が拭いきれない。



何故なら、それは…本能に逆らう恋。





自分がいたという証を遺すこと。

刹那に焦がれて燃え尽きること。





ヒトにとって、どちらが優先されるべき本能なのだろう。







いつもは、二人でやって来るか、兄が一人でやって来るか…

弟が一人でここに来ることなど滅多にない。

多少、訝しく思いつつも、部屋に通した。

とりあえず座らせて…お茶は用意しなくていいというのは、結構楽なものだな。

「どうかしたのかね?」

喧嘩でもしたのだろうかと、軽い気持ちで訊ねると

「…僕…余計なことしましたか?」

表情は分からないが、神妙な口調でそう聞かれた。

「何を…」

「昨日…見ちゃったんです」

昨日…ということは、私が女性と歩いていたことだろう。

…やはり見られていたようだ。

「…そうか…やはりね…」

「…兄さんは…見てません」

何故そこで兄を強調するのか。

「何故?」

「僕が、隠したから」

それは知っている。

そうではなく、わざわざどうして…見ないようにした?

「…何故そんなことを?」

「…そうした方がいい気がしたからです」

「賢明な判断だ」

「え?」

表情もないのに動揺がありありと分かる鎧の顔は、金属の擦れる音と共に私の感情を逆なでした。

「君達にはまだ少し早いからね」

苦い感情を全て腹に収め、笑って演じる。

理解ある、大人を。

彼らとは違う、立場を。

腹に収めきれずに、表情がやや苦くなってしまったのが、自分でも分かった。

「…それだけですか?」

こんな時、鎧の彼が羨ましくなる。

どんなに表情を上手く取り繕う自信が私にあっても、到底彼には敵わないから。

「…君は私に誘導尋問をする気かね?」

咎めるように言えば、少年はしょぼんと項垂れてしまった。

「いえ…すみません。僕が立ち入っていい問題ではなかったですね…」

そうだったのか。

彼がここに、兄を伴わずに来た理由をようやく理解した。

この素直な少年はきっと気付いている。

いつからかは分からないが、確実にこの想いを見抜いている。

だから…ここへ来たのだろう。

…兄のために。

「でも君のお兄さんに、見られなくて良かったよ」

ちょっと大人気なかったと反省し、殊更明るい声で本音を言う。

「え?」

俯いていた顔がこちらを見上げるが、今度は焦燥感もなかった。

「…君のお兄さんは…そういうことに妙に…潔癖だからね」

そう…それに知られたくなかったのは、本当なのだ。

…知られれば簡単に嫌われてしまいそうだから。

「……そう、ですね」

多分、彼はこんな答えを望んではいなかったのだろうけど…

それを告げるのは、やはり本人に…

そう、思うんだ。





ドアに向かっていく彼に呼びかける。

「アルフォンス君…」

ゆっくりと緩慢な動きで振り返った彼に

「ありがとう」

囁くように一言だけ。

アルフォンス君は何も言わずに、軽く頭を下げて出て行った。





また彼に気を使わせてしまったようだ。

子供に気を使わせてばかりでは、さすがに良心が痛むな。





暫くして、気付いた。

「…しまった…味方につけておくべきだった」







ヒトにとって、どちらが優先されるべき本能なのだろう。

少なくとも私にとって、優先されるべきは……



…何も遺せなくたって、構わない。









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