廊下から軍靴の音が慌しく近付いてくる。

急いでいるだろうが、それでも走ったりなどしないこの人物は…

「入りたまえ。中尉」

どうやら彼女を急がせるくらいの大事件が起きたのだろう。

「失礼します」

彼女が声を掛ける前に、こちらが名前を言い当てたことに対する反応はなかった。

いつもの様に机の前に立ち、敬礼をしようとする彼女を止めて訊ねる。

「どうかしたのか?」

中途半端に挙げかけた右手を、体の側面に戻しながら彼女は口を開いた。

「それが…」

相変わらずのテロ事件。

自分達の主義主張を押し通して、暴動を起こす人間。

自らの考えが人民に受け入れられなかったと、逆恨みをする人間。

そのせいで人々が彼らを『革命家』ではなく『テロリスト』と呼ぶことに、彼ら自身は気付いているのだろうか。







犯人が立てこもったのは、イーストシティで最も大きな銀行。

まったく…銀行強盗かテロ事件かはっきりしてほしい。

まぁ…あわよくば資金調達も兼ねるのだろう…ご苦労なことだ。

書類と睨めっこばかりの仕事も嫌だが、実はこういう現場の仕事もあまり好きではない。

だが軍事国家であるこの国のトップを狙うなら、やはり軍に関わる他には方法がないだろう。

「人質は?」

文句ばかりも言っていられず、先に到着していたブレダに声をかける。

「いません。女性が一人いましたが、自力で逃げ出してきたようです」

「よし。ブレダ少尉は彼女の保護を」

「了解!」

ブレダが走り去った方向に、品のよさそうな女性が座っていた。

こんな時でなかったら是非お食事でも…

「お〜い…大佐〜?」

近くで聞こえた声に、遂に幻聴が聞こえるまであの子のことを想っているのか…

などと思いつつ、念のために左斜め下を見ると…いた。

「鋼の!?」

「また事件なんだって?あんたも大変だな」

「…ま、まぁそういう仕事だからな。君は何故ここに?」

「ん?見学」

何だか脱力感を催させる答えを聞き流して、次の指示を出すべくハボックのもとへ向かうことにした。

ハボックはいつものように先陣を切るべく、銀行に最も近い場所に待機させていた。

「立てこもっている人数は5人ほどだそうです」

何も聞かなくとも、こちらの求める情報を伝える。

「犯人と言えども人間だ。できるだけ傷付けるな」

「了解!!」

折角、鋼のが来ている時に…

…そうか、ならば…

「君にも手伝ってもらおうか…鋼の」

「当然」

彼はいつの間にか、引き締まった表情で傍らにいた。

小さくて見えなかったわけではない、きっとこれは…

「そうか…」

「ん?何だ?」

「ああ…いや…」

彼が側にいることに、心地よさを感じてしまったからだ。








困ったような表情を浮かべているフュリー曹長に近付く。

「要求は?」

「それが…連絡がまだ取れなくて…」

連絡がまだ取れない?

「要求がないわけではなかろう?」

「そっすね…何か中で揉めてる…ってわけでもなさそうですし」

いつの間にかタバコを銜えているハボックの視線を追って、銀行の方へ目を向ける。

大声で要求を喚き散らすいつものテロリストと違い、今回はやけに大人しい。

人質に逃げられて意気消沈している雰囲気ではない。

その状況によっては作戦を立て直さねばならない。

そんなことを考えていると、今度は右斜め下から声が聞こえた。

「指導者の解放とかじゃねぇ?」

「いや…ここ最近、東部で捕らえた人間の中に、そういった組織の指導者はいないはずだが…」

「ん〜…だったら工作員の解放?」

「ふむ。しかし、わざわざ…?」

ないとも言い切れないが、よほどその組織内で影響力を持っていなければ、危険を冒してまで解放要求はしないだろう。

言葉は悪いが…たかが一人の為に…?

「そっか。じゃあ…人質が目当てだったとか?」

そう言われてブレダを呼んで訊ねてみると

「ルシュール家のご令嬢です…」

なるほど…彼女を人質にして、金でも要求するつもりだったか?

あるいは、彼女の家に対して恨みを持っているかだが…よりによってルシュール家か…

「ルシュール…って?」

鋼のがハボックに訊ねている。

何故、私に訊ねてこない…

「最近、軍事関連の商品を取引して、大もうけした豪商だよ」

そう言えば、前に一度だけ見合い話が来た相手だ。

まぁ断った…いや、断られたのか…それすらも覚えていないほど、曖昧な話だった。

「しかし、ルシュール家と今回のテロ組織『国家革命連合』通称・赤の獅子は裏で武器のやり取りをしていたそうです…」

先程の短時間でブレダはそこまで聞き出していたのか。

そしてルシュールのお嬢様は、かなり軍に協力的のようだ。

「テロ組織とルシュール家は、友好関係にあったと見て間違いありません」

「ならば、何かトラブルがあったと…?」

大金が関わっているのだから、その手のトラブルはどうしてもあるだろう。

「そのルシュールって…軍との関係は悪くないのか?」

もっともな質問に、微かな記憶を辿り備品の仕入先を思い出す。

「ああ…軍に使われている銃火器系は、大抵の物をルシュールから仕入れているからね」

「指導者の処刑?」

唐突な鋼のの言葉に、ハボックが引きつった笑みで

「何言い出すんだよ大将?組織の指導者は捕まえてな…」

「東部ではな」

そう…確かに東部では、指導者格の人間は捕まえていない…が…

「フュリー曹長。ここ最近、中央の刑務所に収容された人間を調べてくれ」

「え?あ、了解!!」

「大佐…?」

不思議そうな部下の表情を一身に受けて、この事件の原因を推測してみる。

「ルシュール家は東部の豪商だ。だからといって、このテロリスト達の拠点までもが東部とは限らんだろう?」

今の今まで名前さえも知らなかったようなテロリストだ。

少なくとも東部が拠点ではないと考えられる。

しかし、東部の豪商であるルシュール家の令嬢を人質に取る…つまりはルシュールに対する裏切り行為…

それによって、ルシュール家の組織に対する印象を『裏取引の相手』から『敵』に変える。

そして何よりそのルシュール家は、軍にとっては無くてはならない存在ともいえる。

「これだけ騒ぎを大きくしたんだ。指導者を早々に処分したいのが上の本音さ…」

ルシュール家とテロ組織の癒着がばれる前に…テロ組織を切り捨てる。

もちろん今まで通りの取引をお互いに続けたい軍は、今回の癒着は不問に付すのだろう。

「指導者を消す為に、軍とも自分達とも友好的な状態にあったルシュール家を敵に回すとは…」

救いがたい連中だ。

崩れかかった組織の恐ろしさを感じた。







犯人の狙いを大方推測できたので、あとは行動を起こすだけだ。

まぁ例え予測が外れていたとしても、何とかフォローできる範囲の誤差だろう。

それに人質がいないのなら、多少の無茶はできる。

お嬢様が逃げていてくれて本当に助かった。

多少強引で確実な作戦を立て、それを隅々まで行き渡らせる為に少し待つ。







国家資格を有するとはいえ、まだ戦をあまり知らない子供に声をかける。

「怖いかい?」

手伝ってもらうと言ったものの、こうして手の届く範囲に置いている。

何だかんだで自分はこの子供に甘いのだろう。

「いや…」

そう言った途端、今までの落ち着きの無さが嘘のように、急に静まる。

「やっぱさ…こういう戦いの中に…居場所を見付けようとしちまうんだ…」

ここが、君の、居場所だと?

「ははっ…やっぱおかしいかな?」

それにどう答えたとしても、君にはこの想いは届かないのだろう?

沈黙をどう捉えたのか、少し苦笑いを浮かべた。

「ま…戯言だよ」

そんな顔をしないで欲しい…

だが、そう言ってどうなる?

優しくするだけなら、私でなくともできる。

そうだ…彼を優しく支えるのは、私ではない。

「君はいつからそんなつまらない戯言を言うようになったのかね?」

「…大佐?」

「君が居場所を探すべきなのは…」

こんな醜い感情が支配する場所でも、他人を傷付けるだけの場所でもない。

…そして私の側でもない。

「もっと…暖かい場所だ」

「…暖かい…?」

「…君の故郷。君の幼馴染。君を取り巻く全ての優しい人々。そして…弟…」

弟という単語に、やはり著しい反応を示した。

「君はもっと暖かい場所に、居場所を求めなさい」

「経験者は語る…ってやつ?」

どうして、そんな悲しそうに微笑む?

「そうだ。年寄りの言うことは聞いておいて損はないぞ?」

これも、私が自ら得た教訓だ。



「大佐はさ…」

金の眼に囚われて、視線を外せない。

「どこに居場所を求めるんだ?」





その質問には、難しすぎて答えられなかった。









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