今…どこにいたんだっけ?
「鋼の!?」
常にないほど冷静さを欠いた声に、思わず笑いが浮かんだ。
司令官が慌てるなんて…かっこわりぃ…
憎まれ口は、喉の奥での笑いに取って代わった。
目が覚めると、真っ白な世界だった。
「兄さん…?」
弱々しい声に、そちらを見ると、椅子に座ったアルがいた。
「良かった…本当に…」
きっと体があったら泣きじゃくっているのだろう。
昔のままの…体を無くす前のアルが、泣いている映像が浮かんだ。
慌てて頭から消しさる。
「ここは…?」
やや掠れ気味の声に違和感を覚え、二,三度軽く咳をした。
「軍の病院だよ。兄さんずっと目を覚まさなくって…」
「…撃たれた…んだっけ?」
微かに残る左肩の痛みに、顔をしかめる。
「痛み止め…飲んどく?」
「ああ…」
水と薬を用意してくれながら、ぽつりとアルは呟く。
「あの後…大変だったんだよ?」
結局、犯人全員を拘束できたが、犯人は無傷とはいえないほどの怪我を負っていたらしい。
その話に矛盾を感じて、話すアルを途中で止める。
「オイ…大佐はできるだけ無傷で捕らえろって言ってなかったか?」
「うん。でもね。途中で指令が変わってね…とにかく捕まえろって大佐が…」
「大佐が?」
水と薬を受け取る際、驚きのあまり水を少しこぼした。
それを見たアルは、枕元に置かれていた布巾でそれを拭きつつ
「そう。死んでいなければいいから。とにかく捕まえろ。犯人が運悪く死んでも気にするな…って」
運悪く…って…
「何、考えてんだよ…」
錠剤を口に放り込む。
そんな司令官がいるとは信じられない。
それに従った部下が気の毒に思えた。
「本当にね…でも僕、初めて見たよ。大佐がマジギレしてるの…」
その言葉に引っかかりを覚えて、水を飲もうとしていたが、薬を飛ばしそうな勢いで聞き返した。
「大佐がマジギレ!?」
信じられないことを聞いた。
あの感情を表に出さないような人間が!?
とりあえず薬を飲み込むためと、落ち着くために水を口に含む。
「そ。本当に怖かったんだから」
「へぇ…そりゃ…見てみたいな」
後でからかう材料になるかもしれない。
「見ない方がいいよ…」
「何で?」
珍しく沈んだ声のアルに問い掛けると、かなり躊躇ってからボソリと
「怖すぎて…ちょっとトラウマになったかも」
「はぁ?」
どれだけ怖いんだよ…
「とにかく大佐は怒らしちゃいけないって思ったよ」
アルはそう言って乾いた声で笑った。
…アルがそこまで言うとは…恐るべし。
「兄さんも…気を付けなよ?」
「大げさだな…」
「ウインリィより怖かったかも」
そこまでいくと…俺も怖くなってきた。
「おう…気をつける」
「何に気を付けるんだ?」
急にかかった声に慌ててアルの後を見ると、ハボック少尉が立っていた。
「あ…少尉…」
「よ。調子はどうだ?」
アルの横に椅子を引き寄せ、どかっと腰を下ろす。
「平気」
「あの…少尉…仕事は?」
アルが訊ねると、ニヤリと笑って
「休憩ってとこだ」
そう言って手に持っていた花束を、俺の膝の上に置く。
「あ、ありがと…」
「ああ…大佐からだ」
俺がそんな花を子供に買って行くように見えるか?
苦笑いのハボック少尉の言葉の意味を、深く考えるのはやめた。
「…ふ〜ん」
どういう風の吹き回しだ?
絶対に怒られると思っていたのに、これではまるで見舞いではないか。
嫌味か?嫌がらせか?あてつけか?
大佐の行動の意味を、悶々と考えていると
「大将が倒れてからだぞ?大佐の態度が豹変したのは」
病院なのでタバコを吸えないのに、いつもの癖かハボック少尉はポケットを探っている。
だが、そんなことより…
何か…凄いこと言われた?
「俺?」
「あ…そうだ。そうだよ。兄さんが倒れてからだよ…」
ポケットの中にタバコを見つけたらしいハボック少尉は、それを自然な仕草で取り出しつつ
「しかしあれは怖かった…」
遠い目をしながら、しみじみと呟く。
「ですよね。本当にこっちまで殺されるかと思いましたよ」
鎧の中に反響する声は笑いを含んではいるが、やけに物騒なことを言っている。
「あんな大佐なんて、初めて見たかもしれねぇなぁ…」
火をつける直前になって、ハボック少尉はここでタバコを吸うのはまずいことに気付いたらしく、再びそれを箱の中に収めた。
怖い。怖い気もするけれど。
本気の大佐を…ちょっと見てみたいと思ってしまった。
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