もともと弾が掠ったくらいで、大した怪我ではなかったので、すぐに退院が近付いていた。

そんなある日、帰り際にここ最近のように入り浸っているハボック少尉が

「大佐からの伝言だ」

すっかり忘れていたことを、つい今しがた思い出したような顔だ。

「『悪かった。怪我が治ったら顔を出せ』だとさ」

意味深な笑みを浮かべて、「じゃーな」と言いながら去って行く。

別に少尉が悪いわけじゃない。

でも、その背中を睨みながらつい、思っていたことを口に出してしまった。

「なんだよ…直接来いっての…」

「兄さん…大佐だって忙しいんだから…」

アルの言葉に、頷くだけで納得した格好をする。







コントロールだと思った。

ずるい大人の。



近くに感じても、何もなかったかのようにすり抜けていく。

どれだけ近付いたと思っても、あっさりと離れていく。



それでも…

嫌われてはいないと、思う。

それどころか、もしからしたら…好かれているのかもしれない。

俺が怪我をした時に、普段は冷静な人があれだけ取り乱した。

都合のいい解釈かもしれないけど。

でも…もし本当に…

あんたが…少しでも…好きでいてくれるなら。

光を与えてくれたあんたが…少しでも…俺に…



だから…

だから…

こんな感情のコントロールなら…しないで欲しい。

あんたの思うままに。

伝えて欲しい。




でも、それを伝えられない俺も。

情動をコントロールしている。



何の…ために?







「ねぇ兄さん…誰かの犠牲の上で、僕は元に戻りたくない」

不意に聞こえてきた声に、アルを見上げる。

座っていてもアルの方が背が高いなんて…ショックかも。

「また罪を重ねることはしたくない」

俺だってしたくないから、頷いた。

「僕が兄さんの幸せを奪っていいはずがない」

誰かが誰かの幸せを奪うことは許されない。

でも…

「でも…俺は…お前の幸せを…」

「幸せだよ?」

あっけらかんとした様子でアルは言い切った。

あまりにも軽い言い方に、一瞬我が耳を疑った。

「兄さんは僕を必要としてくれた。あれだけの状況だったのに、僕をこっちの世界に引き戻してくれた」

あの時は…何を考えていたんだろう…

もしかしたら、自分の事しか考えていなかったのかもしれない。

母を失った後だったから。

『一人になりたくない』と…そう…『自分が、一人になりたくない』と思ったんだ。

「ねぇ…兄さん…」

あまりにも身勝手な思いで、たった一人の弟に辛い思いをさせている。

自分のしでかしたことに、今更ながら後悔が押し寄せてきて、アルの顔を見ることすらかなわない。

「僕は、兄さんに愛されているなぁ…って、いっつも思うんだ」

「ああ…愛してる」

愛しているよ…アル…

何度でも、償いのように、伝えるから。

「でもね…じゃあ、兄さんは?」

「俺?」

「僕もウィンリィもばっちゃんもデンも師匠もシグさんも司令部のみんなも…兄さんを愛してくれているね」

「…そうだな」

それこそ不相応なほどに。

「でもね。おかしいんだ。兄さんは満足していない」

意外な言葉だった。

「もっと…愛されたい…?」

「違う!!ただ!!…ただ…俺には、愛される資格なんてないのに…」

こんな俺に…

「あるよ」

思わずアルを凝視する。

「誰だって、愛されて生まれて死ぬんだよ?」

一瞬、全く知らない他人に諭されている気がした。

「愛されてはいけない人間なんかいないし、愛してはいけない人間もいない」

その言葉は、意味を理解するより早く、心の奥に落ちてきた。

「ねぇ…兄さんはもっと愛されたいの?」

「違う…」

これ以上は、辛いだけだ。

「じゃあ…強く『誰か』に愛されたいの?」





───────鋼の…





「…………ああ」



どうしてだろう。



涙が頬を伝った気がした。









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