…どんな言葉でなら、伝えてもいい?





言おう。今しかない。もう、これ以上は…

控えめなノックが聞こえたと思ったら、ドアが開いた。

「ああ。君か…」

いつもなら小言を一つ二つ言ってやるところだが、こっちはそれどころじゃない。

「…何だよ」

「呼び出してすまなかったね…」

自らも腰掛けながら、手でソファに座るように促す。

少し躊躇いながら、彼は机を挟んだ斜め前に座った。

その距離感が寂しくもあり、心地よくもあった。





昨日届いたばかりの、ルシュール家当主からの手紙を机の上に乗せる。

「…これは?」

訝しげな目線に、手紙を開くよう促しながら告げる。

「今回の事件は解決だ」

彼は一度封を切ってある封筒から、手紙を引き出し読み始めた。

そこには娘を助けたことについての礼が、タイプライターの几帳面な文字で綴られている。

そして最後に、神経質そうな細かな字で『Lesur』と直筆でサインされていた。

「へぇ…例のテロ組織とは、いかにも関係ありませんって文章だな…」

「つまりはそういうことだよ」

ルシュール家は今回の事件では、最後まで被害者を演じるらしい。

「テロ組織に狙われた大富豪のご令嬢…ねぇ…」

確かに狙われていたが、それはただ利用された結果だ。

そして何より、組織と必要以上に近付きすぎた…自業自得とも言えるだろう。

だがやはり此度の事件では、テロ組織とルシュール家の癒着は、一切明るみにならなかった。

予想していたことだが…どこか苛立たしい。

「ま、それが軍のやり方なんだろうな」

手紙を封筒に収めながら、彼は少し疲れたように呟いた。

「そうだ。これが軍のやり方だよ。覚えておきたまえ」

納得いかないような表情をしたまま、俯いている。

「とりあえず今回の事件は解決だ」

とても嫌な幕の引き方だが。

「いや。まだ解決してねぇ…」

その言葉に、何かし忘れたことがあったかと思考を巡らす。

犯人達は中央に引き渡したし…

芋蔓式に判明したテロ組織には、一応形だけではあるが牽制してあるし…

事件現場の銀行(跡地)の片付けは、ハボックに押し付けてあるし…

全く思い当たることがない。

「悪かった」

急にそう謝ってきた鋼のに、それが彼のとった行動のことだと気付き

「ああ。そうだな…もう二度とあんな無茶はしないでくれ」

彼が撃たれてしまったのは、指揮をとるのに気を取られていた自分を庇ったから。

もう二度と、あんな思いはしたくない。

「君が、傷付く必要は、ない」

「…何言ってんだ?怪我しちゃいけないのはあんただろうが」

「だが、君が怪我をするよりはよほどいい」

自分でも不思議と穏やかな声だった。

「いや。やっぱ、まずいだろ」

それが余計に彼の不安を煽ったのか、ますます眉間の皺が深くなっていく。

「俺…始末書とか書いた方がいいのか?」

こちらを見ずに、床ばかりを見ている金の頭はぼそりと呟いた。

「何故?始末書を書かれては私が困る」

「…なんで?」

眉間の皺もそのままに、こちらを見上げてくる。

「部下に身を挺してまで庇ってもらったとなると…私の評価に繋がってしまうだろう?」

「ああ…そっか」

「それに、命の恩人にそんなことはさせられない」

「へぇ…恩人ねぇ…」

何か見返りを求めているのか、急に彼が含みのある笑みを浮かべた。

ようやくいつもの彼らしくなって、こちらも表情が緩む。

「それに何より…大切に思っている人に、逆に守られたなんて格好悪いだろう?」

驚いた顔の鋼のから、緩んだ表情のまま視線だけは逸らさない。

そして向こうも逸らせないように、視線に力を込める。

暫くそうして睨みあう様に見つめていたが

「…君にはいくつか話しておきたいことがある」

不意に口を開いてみたが、どうにも言い出しにくい。

鋼のは真剣な目でこちらを見ている。

怒っているのかもしれない。

こんな…身勝手な大人を。

「早く言えよ」

だが、そうではないらしい。

どこか焦ったような様子が垣間見えて、逆に冷静になれた。

反応が怖いけれど、その金の目を見据えて、短く息を吸い込んで…

「私は人を殺した」

「…知ってる」

「私は嘘をつく」

「俺もだ」

「私は人を蹴落としていく」

「そりゃ当然だ」

「私は野望を抱いている」

「聞いたことある」

「私は人を傷つける」

「それは…仕方ないと思う」

「私は我侭だ」

「だな」

「私は浮気性だ」

「この女たらし」

「私はかなり独占欲が強い」

「…へぇ…意外」

「私は君を愛している」

「…は?」

言ってしまえば簡単なこと。

そう…言ってしまえばこっちのものだった。

「これから、アプローチをかけていく…覚悟しておきたまえ」

もう…これは開き直りとしか言いようがないだろう。

だが実際ここで彼が拒絶を示したら、アプローチなんてかけない。



かなり長い間、彼は驚いたように目を見開いていたが、ようやく我に返ったらしい。

そして少し赤い顔で言い放った。

「……上等」

そう…その目だ…

私を捕らえて離さない、その魂を映し出す瞳。

「君が…私の想いを受け入れてくれて、本当に嬉しい」

嬉しすぎて、実感がなさすぎて、声が平坦になる。

「だが、最後にもう一つ…」

これを伝えておかなければ、自分が卑怯な気がしたのだ。

今更だが…彼に対しては、対等でいたい。



この言葉を言う時点で、もう既に自分は負けていたのかもしれない。






「君が泣いて嫌がったって、逃がしはしないよ」









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