黒い瞳は、夜の闇を思わせて…思わず恐怖に竦む。
それよりも…あんな目を向けられたことがあっただろうか?
もしかして、嫌われたのかもしれない?
それでも…
もっと知りたい。
もっと知って欲しい。
だから…
これからとる行動は一つだけ。
いつぞやお邪魔させてもらった、なかなか大きめの家。
呼吸を落ち着けて、ドアをノックする。
反応なし。
今度は強めに叩く。
やはり反応なし。
段々いらいらしてきた。
自分でも短気だという自覚はある。
だが…
今日は仕事は休みだって、中尉から情報は得てんだよ!!
どうせ居留守だろ!?
そんなに俺に会いたくないのか!?
悪いのは自分なのかもしれないと思いつつ、あまりにもあからさまに避けられるとどうしても腹が立つ。
そして、出た結論。
「会いたくなくても、会いに行ってやるよ」
いつものように、両手を合わせて錬成する。
ただの壁の部分に、ドアを作る。
これだけ派手な音をたてれば、気付かなかったという言い逃れはできないだろう。
「大佐!!」
大声で呼びながら書斎へ向かう。
いない。
寝室に向かう。
いない。
キッチンを覗く。
いない。
リビングに戻る。
やはりいない。
「…本当にいないのか?」
部屋を全て見回った結果、どこにも人の気配すらない。
次第に頭が冷えてきて、一つの結論に至った。
「これって…もしかして…」
「…不法侵入だぞ…」
「たっ、大佐!?」
やばい!!見つかった!?
そもそも、何しに来たんだよ俺!!
ああ!そうだった!!
「た、大佐…」
「私は言ったはずだが?『暫く私に構うな』と」
くっそ…言い訳さえさせない気かよ。
「でも…!!」
「それにこうも言ったはずだ。『何をするか分からない』とも」
眉を顰めて言う大佐は、どこか苛立っているような気がした。
だが、今更そんなことに構っていられない。
今を逃したら、本当に…離れていってしまう気がしたから。
「いいから…」
「鋼の?」
うわ…すごい驚いてる。
「何されてもいい」
自分でも何を口走っているのか分からなくなってきた。
でも、赤面した大佐を見る限り、かなり恥ずかしいことを言っているようだ。
「君は…どういう意味で…?」
口元を押さえて、じっと見つめられる。
その目が、いつもと違うことくらい分かる。
「大佐の…思ってるのと一緒…」
同じ男なんだし、その目の熱の理由はなんとなく分かってきた。
分かるんだけど…
「そうか…それは…嬉しいな」
そう言って微笑んだ大佐の目から、先程の物騒なものが消えた。
俺とは違う意味で捉えたのだろうか?
「…本当に意味が分かってんの?」
飛び掛られるとか…いきなり押し倒されるとか…考えていたんだけど?
身構えていた俺って…馬鹿みたいじゃん。
…や…別にそういうのがいいわけじゃないけど。
「多分…ね」
その割にはうそ臭さ抜群の笑顔。
ゆっくり近付かれて、思わず後ずさりをしてしまう。
顔を上げても胸の位置で、その身長差がやけに感じられた。
悔しい。
別に、怖いわけではないと思う。
目の前の体に、体格差を嫌でも感じてしまう。
怖くは、ない。
でも、思わず足は離れようと動く。
それでも大佐は何も言わずに、ゆっくり距離をつめようとしてくる。
壁のように立ちふさがれて、後ずさりしかできない。
背中に固い感触が当たり、壁にまで行き着いてしまったことに気付いた。
「鋼の…」
名前を呼ばれて顔を上げてみれば、今まで見た事のないほど情けない表情の大佐がいた。
いや…その表情は見たことがある。
この間、怪我を負って倒れる間際に見た、表情だ。
「な、何?」
思わずどもってしまって、ばつが悪い。
「そんな顔をしないでくれ」
「へ?」
どんな顔をしていたかは分からない。
けど、大佐にそんな表情をさせるだけの顔だったということだろう。
「どんな顔だよ」
自分の顔を触りながら訊ねると、苦笑した大佐が自分の膝に手をついて屈みこんで来た。
子供扱いされている気分に、同じ目線の大佐に文句を言おうとしたが
「怯えてる」
息がかかりそうなほど近くに、大佐の顔があって顔に血が上る。
きっと今、俺の顔は真っ赤なんだろうな。
「お、怯えてる…って…なんだよ…それ…」
何か言っていないと倒れてしまいそうだ。
自分の顔の真横の壁に、大佐が手をつく。
「無理はしなくていい」
そう言って急に表情を引き締めると、首を傾ける。
目を伏せてそのままゆっくりと近付いてくる。
色っぽいとか考える間もなく、思わず目を閉じてしまった。
実際に、した経験があるわけではなくても、それがどういう行為の前触れかは知っている。
こう…唇と唇が…
以前夢で見たけれど、それよりも柔らかいんだろうな…とか想像してしまうと、更に顔が熱くなった気がする。
しかし、いつまで経ってもその感触はやってこない。
恐る恐る目を開けると、相変わらず近い位置に大佐の真剣な表情がある。
「焦る必要は…なかったね」
すまない。
そう囁くと、大佐は離れていった。
今まで相当な力が入っていたのか、一気に体から力が抜けて壁伝いにへたり込んだ。
「アルフォンス君に連絡するかい?」
そんな様子を苦笑を浮かべて眺めていた大佐は、そう聞いてきた。
「アル…に?」
「今夜はここに泊まる気で、来たのでは?」
大佐の家に…泊まる?
これ以上、迷惑はかけられないと思って慌てて首を横に振る。
「そう…か」
また、寂しそうな顔をさせてしまった。
「悪いから…宿に…戻る」
こんな時、自分は子供だと痛切に感じる。
どうしたら笑顔を取り戻せるかとか、どうしたら喜んでもらえるかとか。
…彼が…本当に、何を求めているか…とか…
見当もつかないのだ。
力の入らない膝に、無理やり力を込めて立ち上がる。
「…お邪魔しました」
そう言って玄関のノブに手をかけると
「今度からは私のいるときに来てくれ」
その声に振り返ると、苦笑いを浮かべた大佐がいた。
「会えなかったら、意味がないだろう?」
「あ〜…だな」
本気で家にいると思っていたから、歯切れの悪い返事になってしまう。
「あと…ドアを直しておいてくれ」
視線で玄関の扉の真横に新たに作られたドアを示し、また苦笑を向けられた。
「…了解」
いつも通りのやり取りに、逆に不自然さを感じた。
そして、自分は“何か”を逃してしまったのだと、気付いた。
大佐の家を出てから、宿まで走ることにした。
あまり余計な事を考えたくなかった。
ただ…
はやく、大人になりたい、と思った。
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