遠い青がどこまでも続いていきそうな空を見つめる。
「あ」
アルがそんな空を見上げ、何かに気付いたようだ。
「あの雲…ウサギに見えない?」
そう声をかけられて見上げた空には、雲がたくさんあって、どの雲をアルが見ているのかはよく分からない。
だが、一つだけぽっかりと浮かんだ雲に目が行った。
「ウサギ…?ああ。あれが耳で…あっちがしっぽか?」
違うかもしれないと思いつつ、それしかウサギに見えないので指差しながら言う。
「そうそう。ね?見えるでしょ?」
どうやら同じ物を見ていたようで、はしゃいだアルの声が鎧の中で響く。
「だな…」
思わず笑いながら答える。
まさか同じ雲を見ていたとは…そんな単純なことに心も晴れていくのが分かる。
そして気付いた…
その雲は…
東に流れている。
暫く眺めていたが、上空の風の流れはそれなりに速いらしくもうその雲は見えなくなった。
いきなりベンチから立ち上がって、無言で公衆電話へと向かう。
アルは何も言わずに、ついて来てくれた。
かけなれた番号のダイヤルを回す。
電話の交換手のお姉さんの綺麗な声に、用件を伝える。
「少々お待ち下さい」
きっとこの声は、あの笑顔が優しい茶髪のお姉さんだな。
取りとめもないことを考えていると、電話の向こうから声が…聞こえた。
「待たせたな。私だ」
「あ…俺…」
素っ気無いやり取りだが、そんなことを気にせず
「久しぶりだね。今どこにいるんだい?」
「ん…秘密」
「何だいそれは…?」
受話器越しに、クスクスと笑っているのが聞こえる。
「あのさ…それより…」
言うのを躊躇っていると、どう捉えられたのか心配そうな声に問い掛けられる。
「何かあったのかい?」
「そうじゃなくて…今…空…見えるか?」
いらぬ心配をかけてしまうのが嫌で、自然と口調は早口になった。
「見えるよ?執務室から外がよく見えるのは知っているだろう?」
何故そんなことを聞かれるのかといった風な口調に
「ウサギの雲…見える?」
子供みたいなことを言っているという自覚はある。
隣に立つアルも、驚いているようだ。
「……今は見えないな…」
答えるまでに間があったが、鼻で笑われないだけマシなのだろう。
「そ、か」
これ以上仕事の邪魔をすれば、ただの迷惑な電話になってしまう。
いや…大した用事もないのに、電話をかけた時点でもう迷惑だろうが。
「悪かった…また暫くそっちに戻れなさそうだから…それだけ伝え…」
「ちょっと待ちたまえ」
椅子から立ち上がって窓際に歩いていく音が聞こえる。
暫く無音状態が続き、いっそのこと、この間に電話を切ってしまおうかとも思った。
でも…まだ声が聞きたかった。
「君がその雲を見たのはどのくらい前だい?」
急に聞こえた声に、受話器を取り落としそうになりながら
「え…アル…さっき雲見てたのって、いつ頃だっけ?」
そう問い掛けると、アルは金属の擦れあう音をさせて首を傾げる。
「確か…20分か30分くらい前じゃないかなぁ?」
それをそのまま伝える。
「ふむ…20分か30分くらい…か」
時間が経つにつれて、子供っぽいことをしてしまった自分が恥ずかしくなってきた。
「…大佐…仕事中だったんだろ?ごめん…もう切るよ…またな…」
そう言って電話を切ろうとすると、楽しそうな声が聞こえた。
「ああ…今見えたよ。ウサギの雲」
そんなはずないけど…
そんなはずないから…
「…今から…そっち…帰ってもいいか?」
電話の向こうだから見えないけれど、彼が微笑んだのは分かった。
「待っているよ…早く帰って来たまえ」
「…おう」
「兄さん?」
「帰るぞ…アル」
「東方司令部に?」
「…ああ。ここから東方司令部まで…そんなに時間かからねぇし…」
「そうだね。ここの駅から東方司令部まで…20分か30分くらいしかかからないもんね」
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